お久しぶりです。
最近仕事が忙しく、本が読めていないが、近日中に読み終わるのでお待ちください。
人事部から、採用活動の面接官の依頼が来た。私は内定者の間では「怖い人」で通っている。私の面接方法は取り組んだことを聞くことと、質問してもらうことである。志望動機とか会社研究なんてほとんど聞いていない。そんなのはみなさんしっかり準備しているので、それは最初から5~10分で話し切ってもらう。そこからが本番。どんなことでもいいから真剣になって取り組んだことを聞く。そして質問というか、逆面接とは相手には言わずに、逆面接をやってもらう。当社の何を知りたいのか、仕事のイメージなのか、それともプライベート?何でもいいから聞いてもらう。質問がないという人はその時点で面接終わり。だから10分で終わる人も出てくる。しかし、用意したことは話してもらうので、出し切った気持ちで帰ってもらっていると思う。
内定がほしい気持ちは分かります。志望動機も大切と思う。しかし、もっと大切なのは、その会社や業務内容、またその人の働き方とかに興味を持つことだと思う。自分と対峙している面接官に興味があってもいいと思うし、人生の先輩に聞きたいこともあると思う。そういう興味があれば尋ねたくなると思うのだが、質問はありませんと答える学生の方が少なからず存在する。我々の仕事は好奇心が非常に重要で、そんな興味がわかない人は、どれだけ勉強ができても、うちの会社(少なくとも私の部下)としてはいらない。
おもにMBAプログラムや論文執筆の過程で読んできた経営学と経済学の書籍、それと経営学を理解するために必須の哲学や社会学についての書籍を読み直しています。その時に読めなくて積読になっていた本も読み進めます。MBAを修了したものの、継続的に学ぶためには、何らかの強制力が必要です。そこで、硬軟織り交ぜてご紹介できればと思います。
2011年1月30日日曜日
久々のアメリカ出張
仕事で1週間ほどアメリカに行っていました。
ご承知とは思いますが、もともとアメリカに6年ほど駐在していたので、アメリカは好きなところの一つです。詳細は言えませんが、シアトルで打ち合わせののち、ミネアポリスで弊社の財務状況をご説明するという仕事を今回はしてまいりました。
思い返すと、学生時代初めて行った外国がアメリカでした。大学2回生19歳のころ、ニューヨークに3カ月滞在したのち、バスで大陸を横断してシアトルに到着後、ポートランド、SF、LA、そしてサンディエゴを回ってLAまでヒッチハイクして韓国経由で日本に戻った思い出があります。アメリカといえばペンキのにおい。降り立った瞬間からにおいが違う。初めて行ったNYで初めて住んだのがブルックリンの5番街(5th Avenue)。SubwayのRRで4th Aveで降りて、5分ぐらい歩いたところに3カ月ほど住んでいました。その時初めて、世界を相手に仕事をしたい、と思ったのが今の会社に入ったきっかけかもしれない。その部屋のにおいもペンキ。ルームシェアして4人で住んで・・・・。そのころは、マイクタイソンがすい星のごとく現れて、「あしたのジョーとおんなじやんけ」、なんていいながら、マジソンスクエアガーデンに8回戦を見に行ったのも思い出です。
閑話休題、今回感じたのは、やっぱりアメリカの豊かさ。食事は豊かだし、消費環境も整っている。スーパーも行ったがやっぱり食べ物は豊富だしやすい。ということで、最後の食事について書いておきたい。今回は、ミネアポリスに行くのがメインでした。ミネアポリスというと、いまやなきNorthwestのハブ空港で、何度もなく空港には降りていますが、実際に街に行くの初めてです。
今回は、ミネアポリスでも有名なステーキハウスManny'sで食事をいたしました。アメリカの良心と思いますが、アメリカの肉は本当にうまい!安いステーキハウス(たとえばNYのTad's)を思い浮かべてもらっては困りますが、アメリカはやっぱり肉の国。メニューをちょっとご紹介します。
今回は5名で行きましたが、Seafood Towerというとんでもない一品が登場します。 これは生ガキ、エビ、ロブスター(ボイルオマール)、タラバ(アブラ)が山のようになって登場。昔はこういう高級レストランでは、エビは必ずメキシコのホワイトの大型が出てきましたが、エビが高いので、ブラックタイガーの保水剤(Phosphate)たっぷりのエビでがっくりしました。タラバもある意味喰い飽きているのでどういうこともなく、義務的に喰っていました。アメリカのステーキハウスでは、どの部位を注文するかがポイントで、今回もT-Bone、そして日本ではなかなかお目にかからないBone-In Filletとか、素晴らしいラインアップでした。小生の大好きなのはNY Cutです。今回もNY Cutを頼みましたが、24OZ、つまり600グラムです。肉の国アメリカでも大きな部類と思います。これをミディアムレアで、塩コショウ・炭火焼でお願いする。やっぱりうまい。日本の肉は脂がのっていますが、アメリカの肉は脂が少ないので全部食べられる。それと日本で食べられないのがマッシュドポテト。これにチャイブ、ランバージャックチーズ、それとサワークリームがてんこ盛りにかかっています。これが本当にうまい!
食べた後は、アメリカの方はデザートです。小生はいらないのですがやむをえない。注文を聞くとなんとBrownieです。私とうちの嫁はんは、これを「鉛のケーキ」と呼んで、とにかくこれを食べないためにアイスクリームに逃げていた代物です。これにホットチョコレートソースとファッジを上からとろ~りtぶっかけた逸品(?)。ありえないたべものですが、これを切り分けてアイスクリームを載せる。ありえない食べ物で終了です。
ご承知とは思いますが、もともとアメリカに6年ほど駐在していたので、アメリカは好きなところの一つです。詳細は言えませんが、シアトルで打ち合わせののち、ミネアポリスで弊社の財務状況をご説明するという仕事を今回はしてまいりました。
思い返すと、学生時代初めて行った外国がアメリカでした。大学2回生19歳のころ、ニューヨークに3カ月滞在したのち、バスで大陸を横断してシアトルに到着後、ポートランド、SF、LA、そしてサンディエゴを回ってLAまでヒッチハイクして韓国経由で日本に戻った思い出があります。アメリカといえばペンキのにおい。降り立った瞬間からにおいが違う。初めて行ったNYで初めて住んだのがブルックリンの5番街(5th Avenue)。SubwayのRRで4th Aveで降りて、5分ぐらい歩いたところに3カ月ほど住んでいました。その時初めて、世界を相手に仕事をしたい、と思ったのが今の会社に入ったきっかけかもしれない。その部屋のにおいもペンキ。ルームシェアして4人で住んで・・・・。そのころは、マイクタイソンがすい星のごとく現れて、「あしたのジョーとおんなじやんけ」、なんていいながら、マジソンスクエアガーデンに8回戦を見に行ったのも思い出です。
閑話休題、今回感じたのは、やっぱりアメリカの豊かさ。食事は豊かだし、消費環境も整っている。スーパーも行ったがやっぱり食べ物は豊富だしやすい。ということで、最後の食事について書いておきたい。今回は、ミネアポリスに行くのがメインでした。ミネアポリスというと、いまやなきNorthwestのハブ空港で、何度もなく空港には降りていますが、実際に街に行くの初めてです。
今回は、ミネアポリスでも有名なステーキハウスManny'sで食事をいたしました。アメリカの良心と思いますが、アメリカの肉は本当にうまい!安いステーキハウス(たとえばNYのTad's)を思い浮かべてもらっては困りますが、アメリカはやっぱり肉の国。メニューをちょっとご紹介します。
今回は5名で行きましたが、Seafood Towerというとんでもない一品が登場します。 これは生ガキ、エビ、ロブスター(ボイルオマール)、タラバ(アブラ)が山のようになって登場。昔はこういう高級レストランでは、エビは必ずメキシコのホワイトの大型が出てきましたが、エビが高いので、ブラックタイガーの保水剤(Phosphate)たっぷりのエビでがっくりしました。タラバもある意味喰い飽きているのでどういうこともなく、義務的に喰っていました。アメリカのステーキハウスでは、どの部位を注文するかがポイントで、今回もT-Bone、そして日本ではなかなかお目にかからないBone-In Filletとか、素晴らしいラインアップでした。小生の大好きなのはNY Cutです。今回もNY Cutを頼みましたが、24OZ、つまり600グラムです。肉の国アメリカでも大きな部類と思います。これをミディアムレアで、塩コショウ・炭火焼でお願いする。やっぱりうまい。日本の肉は脂がのっていますが、アメリカの肉は脂が少ないので全部食べられる。それと日本で食べられないのがマッシュドポテト。これにチャイブ、ランバージャックチーズ、それとサワークリームがてんこ盛りにかかっています。これが本当にうまい!
食べた後は、アメリカの方はデザートです。小生はいらないのですがやむをえない。注文を聞くとなんとBrownieです。私とうちの嫁はんは、これを「鉛のケーキ」と呼んで、とにかくこれを食べないためにアイスクリームに逃げていた代物です。これにホットチョコレートソースとファッジを上からとろ~りtぶっかけた逸品(?)。ありえないたべものですが、これを切り分けてアイスクリームを載せる。ありえない食べ物で終了です。
2010年12月17日金曜日
宴会の日々
忘年会という名の宴会が今週はほぼ毎日続いています。本を読む暇がほとんどなく、早朝に会社に出て仕事して、夜は宴会です。会議があると地獄です。
仕事が経営企画なのでお客さんの接待ではないのですが、社内の様々な宴会に参加しています。呼ばれることが多く、接待ではないので自腹、傾斜配分がきつい時(つまり若手と飲むとき)は財布が泣いています。お酒を飲むのは嫌いではありませんが、忘年会・新年会で立て続けに飲むのは疲れてしまいます。今日は早めに終わりましたが、食事してから歌を歌うみたいなのは疲れます。
学校に行ってよかったのは、会社のことを全く話さなくて済む仲間ができることです。そういう飲み会は全然疲れませんが、会社の忘年会で会社のことになるのは当然。酔ってくると説教する人や、ちょっと何か言うと突っかかってくる人などなど・・・・。こういう宴会に限って2次会に行きたがる人もいますし。できるだけ飲まないようにして様子を窺うようにするしかありません。若手やよく知った人たちで飲むのはいいのですが・・・・。
来週も宴会の日々が続きます。皆様もお身体ご自愛くださいね。
仕事が経営企画なのでお客さんの接待ではないのですが、社内の様々な宴会に参加しています。呼ばれることが多く、接待ではないので自腹、傾斜配分がきつい時(つまり若手と飲むとき)は財布が泣いています。お酒を飲むのは嫌いではありませんが、忘年会・新年会で立て続けに飲むのは疲れてしまいます。今日は早めに終わりましたが、食事してから歌を歌うみたいなのは疲れます。
学校に行ってよかったのは、会社のことを全く話さなくて済む仲間ができることです。そういう飲み会は全然疲れませんが、会社の忘年会で会社のことになるのは当然。酔ってくると説教する人や、ちょっと何か言うと突っかかってくる人などなど・・・・。こういう宴会に限って2次会に行きたがる人もいますし。できるだけ飲まないようにして様子を窺うようにするしかありません。若手やよく知った人たちで飲むのはいいのですが・・・・。
来週も宴会の日々が続きます。皆様もお身体ご自愛くださいね。
2010年11月21日日曜日
今日の日経社説
本日の日経社説「商社の提言を機に採用活動を見直せ」について、私の思うところを書いてみたい。
私は、就職活動の時期の規制に大賛成の一人である。しかし、日本貿易会が何を言おうが、経団連が何を言おうが全く実効性はない。私が就職活動をした20数年前にも就職協定はあった。しかし、4年生の春ごろから就職活動はスタートしていた。ゼミの仲間で就職する連中はみな活動していて、解禁日には内々定が出ていたのである。私は極めてふまじめな学生で、就職する気はあまりなく、解禁日に有名企業に並んで面接を受けたが結局その企業には通らず、後で受けた今の会社に就職したわけです。曲がりなりにも協定が生きていた時代でさえ、4年生の春には電話帳のようなガイドブックが何冊も送られてきて、興味のある会社にはがきを出し、説明会に参加していたのである。先輩から電話がきて、「うちに来ないか」的なリクルーター制度もあったし。
就職協定に罰則がない限り、就職協定には意味がない。企業はできるだけ優秀な学生を採用しようと必死である。一部有名企業は就職協定を守っていても採用には困らない。しかし、世の中にある大部分の会社は、優秀な学生の確保のために就職協定など関係なく活動している。日本貿易会加盟商社でも4月1日と同時に選考に入る。ほかの会社はそれよりもずっと前に選考活動をやっている。説明会は10月からやっているし、学校回りもやっている。
企業側の活動が早くなるのは、できるだけ早くいい学生を確保したいからであり、求職活動を法律で規制し、学生は労働局に違反企業を密告すればよいのである。密告する学生はおそらくその企業の選考に落ちた学生であろうが、それでもよいのである。違反事実があれば、企業名の公表、学校への告知など、様々な罰則を設けるべきであろう。少なくとも、求人活動(面接、筆記を問わず選考活動を含む)の開始可能時期を法律で規制するべきなのである。それにはインターンシップも含まれる。インターンシップを選考のためにするのであれば、それも含めて規制するべきである。そもそも、インターンシップについては、もっと高い理想があったはずであるが、採用活動の一環と堕したインターンシップには全く興味を失ってしまった。だから、インターンシップなんて止めてしまえばいい。意味がない。
一番実効性がある方法は、新卒見込み者だけを採用できる仕組みを法規制することである。大学卒業程度の学歴を求めるのであれば、年齢制限を設けてはならないのである。現行の雇用機会均等法の枠組みでもこれは可能である。年齢制限の禁止を厳格に運用し、「卒業見込み者に限る」という応募要項を禁止すればよいのである。卒業見込み者を採用したい場合は、就職活動を規制する法律を整備することにより、「学生に関しては、何月何日から選考」とすれば、既卒者であればそれ以前から採用可能であるし、見込み者は学生選考日以前の選考ができないようにしてしまえば解決すると考えられる。抜け駆けを防ぐためには公務員も含めた法規制が重要になるであろう。
大学生の就職難については、実業界全体が求める人材ポートフォリオは30年前から大きく変化しているわけではないのに、進学率の向上によって学生が求める職業と実業界が求めるポートフォリオに大きなずれが生じていることが原因である。30年前は高校卒業後就職する比率は70%前後であったが、今は5割を切っている。元々大卒程度の職種はそれほど多くはない。今の世の中では減りこそすれ増えない。要するにアンマッチが起こっているのである。大学に入れば就職が保証されていた時代は過ぎたのである。4年制大学と名がつく「機関」がなんと758(2009年4月1日現在、国立86、公立77、私立595)あるのである。国立は統廃合で若干減っているが、雨後のタケノコのように公立と私立は増え続けている。18歳人口は減り続けている。経営を考えれば、当然のことながら入学基準は甘くなり、大学生とは名ばかりの学生が量産される。企業側は大卒者には「大学生として当然の知識と教育を身に付けた学生」であることを要求する。そのスタンダードが20数年前にあるとは思わないが、「入試が機能していて、大学生が勉強していたころ」を基準に置くであろう。なぜなら、その時代の大学教育を受けた世代以上が採用の決定権を握っているからである。
多くの大学において、大学名にスクリーニング効果は期待できない。以前は、「この大学ならこのぐらいの入試難易度で、これぐらいのレベルの学生がいる」と予想できたが、入試方法の多様化により、それはほとんど期待できなくなった。むしろ高校名を聞いたほうが確実にレベルが分かる。
私は、就職活動の時期の規制に大賛成の一人である。しかし、日本貿易会が何を言おうが、経団連が何を言おうが全く実効性はない。私が就職活動をした20数年前にも就職協定はあった。しかし、4年生の春ごろから就職活動はスタートしていた。ゼミの仲間で就職する連中はみな活動していて、解禁日には内々定が出ていたのである。私は極めてふまじめな学生で、就職する気はあまりなく、解禁日に有名企業に並んで面接を受けたが結局その企業には通らず、後で受けた今の会社に就職したわけです。曲がりなりにも協定が生きていた時代でさえ、4年生の春には電話帳のようなガイドブックが何冊も送られてきて、興味のある会社にはがきを出し、説明会に参加していたのである。先輩から電話がきて、「うちに来ないか」的なリクルーター制度もあったし。
就職協定に罰則がない限り、就職協定には意味がない。企業はできるだけ優秀な学生を採用しようと必死である。一部有名企業は就職協定を守っていても採用には困らない。しかし、世の中にある大部分の会社は、優秀な学生の確保のために就職協定など関係なく活動している。日本貿易会加盟商社でも4月1日と同時に選考に入る。ほかの会社はそれよりもずっと前に選考活動をやっている。説明会は10月からやっているし、学校回りもやっている。
企業側の活動が早くなるのは、できるだけ早くいい学生を確保したいからであり、求職活動を法律で規制し、学生は労働局に違反企業を密告すればよいのである。密告する学生はおそらくその企業の選考に落ちた学生であろうが、それでもよいのである。違反事実があれば、企業名の公表、学校への告知など、様々な罰則を設けるべきであろう。少なくとも、求人活動(面接、筆記を問わず選考活動を含む)の開始可能時期を法律で規制するべきなのである。それにはインターンシップも含まれる。インターンシップを選考のためにするのであれば、それも含めて規制するべきである。そもそも、インターンシップについては、もっと高い理想があったはずであるが、採用活動の一環と堕したインターンシップには全く興味を失ってしまった。だから、インターンシップなんて止めてしまえばいい。意味がない。
一番実効性がある方法は、新卒見込み者だけを採用できる仕組みを法規制することである。大学卒業程度の学歴を求めるのであれば、年齢制限を設けてはならないのである。現行の雇用機会均等法の枠組みでもこれは可能である。年齢制限の禁止を厳格に運用し、「卒業見込み者に限る」という応募要項を禁止すればよいのである。卒業見込み者を採用したい場合は、就職活動を規制する法律を整備することにより、「学生に関しては、何月何日から選考」とすれば、既卒者であればそれ以前から採用可能であるし、見込み者は学生選考日以前の選考ができないようにしてしまえば解決すると考えられる。抜け駆けを防ぐためには公務員も含めた法規制が重要になるであろう。
大学生の就職難については、実業界全体が求める人材ポートフォリオは30年前から大きく変化しているわけではないのに、進学率の向上によって学生が求める職業と実業界が求めるポートフォリオに大きなずれが生じていることが原因である。30年前は高校卒業後就職する比率は70%前後であったが、今は5割を切っている。元々大卒程度の職種はそれほど多くはない。今の世の中では減りこそすれ増えない。要するにアンマッチが起こっているのである。大学に入れば就職が保証されていた時代は過ぎたのである。4年制大学と名がつく「機関」がなんと758(2009年4月1日現在、国立86、公立77、私立595)あるのである。国立は統廃合で若干減っているが、雨後のタケノコのように公立と私立は増え続けている。18歳人口は減り続けている。経営を考えれば、当然のことながら入学基準は甘くなり、大学生とは名ばかりの学生が量産される。企業側は大卒者には「大学生として当然の知識と教育を身に付けた学生」であることを要求する。そのスタンダードが20数年前にあるとは思わないが、「入試が機能していて、大学生が勉強していたころ」を基準に置くであろう。なぜなら、その時代の大学教育を受けた世代以上が採用の決定権を握っているからである。
多くの大学において、大学名にスクリーニング効果は期待できない。以前は、「この大学ならこのぐらいの入試難易度で、これぐらいのレベルの学生がいる」と予想できたが、入試方法の多様化により、それはほとんど期待できなくなった。むしろ高校名を聞いたほうが確実にレベルが分かる。
2010年11月16日火曜日
裁判員裁判
久々のブログです。本題の本は今読んでいるところです。近日中にアップします。
今日の話題は裁判員裁判です。「いとかわ」と「はやぶさ」の話題とともに、今日のニュースでは裁判員裁判で初の死刑判決が出たという記事について、様々な話が出ています。いつも不思議に思うのは、裁判員に対する記者会見です。
裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第70条第1項によると、「構成裁判官及び裁判員が行う評議並びに構成裁判官のみが行う評議であって裁判員の傍聴が許されたものの経過並びにそれぞれの裁判官及び裁判員の意見並びにその多少の数(以下「評議の秘密」という。)については、これを漏らしてはならない。」とされている。加えて、第102条第1項及び第2項は、「何人も、被告事件に関し、当該被告事件を取り扱う裁判所に選任され、又は選定された裁判員若しくは補充裁判員又は選任予定裁判員に接触してはならない。
今日の話題は裁判員裁判です。「いとかわ」と「はやぶさ」の話題とともに、今日のニュースでは裁判員裁判で初の死刑判決が出たという記事について、様々な話が出ています。いつも不思議に思うのは、裁判員に対する記者会見です。
裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第70条第1項によると、「構成裁判官及び裁判員が行う評議並びに構成裁判官のみが行う評議であって裁判員の傍聴が許されたものの経過並びにそれぞれの裁判官及び裁判員の意見並びにその多少の数(以下「評議の秘密」という。)については、これを漏らしてはならない。」とされている。加えて、第102条第1項及び第2項は、「何人も、被告事件に関し、当該被告事件を取り扱う裁判所に選任され、又は選定された裁判員若しくは補充裁判員又は選任予定裁判員に接触してはならない。
2 何人も、裁判員又は補充裁判員が職務上知り得た秘密を知る目的で、裁判員又は補充裁判員の職にあった者に接触してはならない。」としているのである。
法律を読むと、評議の経過、意見、票の数は漏らしてはならず、しかも、裁判員に接触してはならず、職務上知りえた秘密(この秘密は第70条の秘密を含むと考えるのが当然であろう)を知る目的で接触してはいけないのである。つまり、裁判員の方に課せられた守秘義務はこのように非常に重いものなのである。マスコミもそれを尊重して裁判員の方に接触してはならないのである。
今回の裁判員の方々それぞれが非常に重い決定をなさった。「すごく悩んだ」というコメントをとるためにその方々を追い回すマスコミ。マスコミがこういう方々のプレッシャーになっているのは間違いなく、裁判員の方々もそれを漏らすことは違法になるという意識を持ってもらいたいのである。極端にいえば、「すごく悩んだ」のも評議の経過であるともいえ、漏らしてはならないのである。
裁判所は、この規定を厳格に採用して、マスコミのプレッシャーから解放する必要がある。裁判員の方々には、日本の司法の発展のために尽くしていただいている。裁判員の方々は量刑にまで踏み込んで決定を(このことについては私には別の意見があるが)しているのである。いらぬプレッシャーから解放し、裁判員の方々を守るため、また、裁判員制度をよりよくしていくためには、守秘義務が完全に担保されていなければならないのである。暴力団のかかわる事件で、記者からコメントを求められることや暴力団に狙われる恐怖から量刑が変わるようなことが起きないとも限らない。 弁護士が記者会見をするのとは全く違うのである。
裁判所は記者会見を厳格に禁止するべきである。
2010年11月7日日曜日
自転車
東京に来て1カ月ほど経過し、仕事を会社で済ませたのち自転車で、日比谷⇒(内堀通り)⇒桜田門⇒赤坂⇒(六本木通り)⇒六本木⇒渋谷⇒新宿⇒(明治通り)⇒池袋⇒王子⇒三ノ輪⇒(国際通り)⇒浅草⇒(浅草通り)⇒(清洲橋通り)⇒東神田⇒浜町⇒人形町というルートで3時間ほどで「観光」してきました。東京は坂が少なく平坦なので走りやすい。比べて関西は、坂が多いので自転車だとくたびれてしまいますね。
大きな町には自転車で行けることが分かったので、これから自転車の活動範囲が増えると思います。普段から歩いているとはいえ、週末の暇なときのお金のかからない娯楽が見つかりました。
大きな町には自転車で行けることが分かったので、これから自転車の活動範囲が増えると思います。普段から歩いているとはいえ、週末の暇なときのお金のかからない娯楽が見つかりました。
2010年11月3日水曜日
古本まつり最終日
今日は古本まつりの最終日でしたので、午後からずっと神保町に出ていました。結局買ったのは8冊(7冊プラス2冊組1組)です。
丸山真男(1976)『戦中と戦後の間:1936-1957』みすず書房 初版、程度はいまいち、400円
大塚久雄(1994)『社会科学と信仰と』みすず書房 初版、帯つき、ほぼ新品、400円
Runciman, W., G. (1972) A Critique of Max Weber's Pholosophy of Social Science. Cambridge UK: Cabridge University Press. 邦訳 W. G. ランシマン(1978)『マックス・ウェーバーの社会科学論』湯川新、法政大学出版局 2刷、程度良好、400円
Lawler III, E., E. (1981) Pay and Organization Development. Reading, MA.: Addison-Wesley Publishing. 邦訳 エドワード E. ローラーⅢ世(2004) 『検証 成果主義』田中政光、白桃書房。
3刷、ほぼ新品、400円
伊丹敬之、軽部大(2004)『見えざる資産の戦略と論理』日本経済新聞社 初版、帯付新品同様、400円
Casson, M. (2000) Economics of International Business: A New Research Agenda. Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing. 邦訳 M. カソン(2005)『国際ビジネス・エコノミクス:新しい研究課題とその方向性』江夏健一、桑名義晴、大東和武司、文眞堂
初版、ほぼ新品、1000円
Csikszentmihalyi, M. (1975) Beyond Boredom and Anxiety. San Francisco: Jossey-Bass Publishing. 邦訳 M. チクセントミハイ(1979)『楽しみの社会学:不安と倦怠を超えて』今井浩明、思索社
旧版初版、程度はまあまあ、600円
モンテーニュ『随想録』関根秀雄(1970)、新潮社(2冊組)
3刷、程度良好、1000円
安いか高いかと言われれば明らかに安いと思う。4600円、つまりちょっとした専門書1冊の代金でこれだけ買えたということ。
この中で、以前から欲しくて本当に買いたかったのは、チクセントミハイの『楽しみの社会学』。何かに没頭する「フロー体験」の名著です。旧版ですが安いので買ってしまいました。
伊丹先生の『見えざる資産・・』は買おうと思っていた本でしたが、それほど食指が動かなかった。しかし、400円なら問題なし。お買い上げです。同じ文脈で言うと、『検証成果主義』もそういう本です。
『随想録』は、本当は宮下志朗訳4冊組がほしいのですが、1000円だと失敗してもまた売ればいいのだし、とりあえず買った感じ。
丸山真男は、一度読まねばと思っていた本で、普通にいろんな古本屋で見かけますが、400円は見たことがなく、しかもそれなりの程度だったので購入。
カソンは、修論を書く際に読んでいて、懐かしくて買った次第。これからの仕事にも生かせればと思う。
そして、ヴェーバー関係の棚を見ていて、面白そうな2冊を買った次第です。
そのほかに買うかどうか最後まで迷ったのは:
旺文社文庫の内田百閒全38巻(初版帯付)に平山三郎の4冊をセットにした全42冊組。これが42000円だったのを3万円まで値引きしていたので、最後まで迷った。これは2度と出ないセットであることはほぼ確実。家に帰ってきてすでに後悔している・・・。この前は講談社版全集8000円で後悔しまくり。福武書店版全集なら12万円でありますが・・・。
あと安いので迷ったのがギボン『ローマ帝国衰亡史』村山勇三 岩波書店の10冊組。これ3000円で箱入りが出ていたのですが、これならいつでも買えると思って今回はパス。
もっともっと欲しい本はありますが、神保町に行けば買えると思うと幸福です。先立つものが必要ですけどね・・・。本は買い始めると買ってしまうんですよね・・・・。
丸山真男(1976)『戦中と戦後の間:1936-1957』みすず書房 初版、程度はいまいち、400円
大塚久雄(1994)『社会科学と信仰と』みすず書房 初版、帯つき、ほぼ新品、400円
Runciman, W., G. (1972) A Critique of Max Weber's Pholosophy of Social Science. Cambridge UK: Cabridge University Press. 邦訳 W. G. ランシマン(1978)『マックス・ウェーバーの社会科学論』湯川新、法政大学出版局 2刷、程度良好、400円
Lawler III, E., E. (1981) Pay and Organization Development. Reading, MA.: Addison-Wesley Publishing. 邦訳 エドワード E. ローラーⅢ世(2004) 『検証 成果主義』田中政光、白桃書房。
3刷、ほぼ新品、400円
伊丹敬之、軽部大(2004)『見えざる資産の戦略と論理』日本経済新聞社 初版、帯付新品同様、400円
Casson, M. (2000) Economics of International Business: A New Research Agenda. Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing. 邦訳 M. カソン(2005)『国際ビジネス・エコノミクス:新しい研究課題とその方向性』江夏健一、桑名義晴、大東和武司、文眞堂
初版、ほぼ新品、1000円
Csikszentmihalyi, M. (1975) Beyond Boredom and Anxiety. San Francisco: Jossey-Bass Publishing. 邦訳 M. チクセントミハイ(1979)『楽しみの社会学:不安と倦怠を超えて』今井浩明、思索社
旧版初版、程度はまあまあ、600円
モンテーニュ『随想録』関根秀雄(1970)、新潮社(2冊組)
3刷、程度良好、1000円
安いか高いかと言われれば明らかに安いと思う。4600円、つまりちょっとした専門書1冊の代金でこれだけ買えたということ。
この中で、以前から欲しくて本当に買いたかったのは、チクセントミハイの『楽しみの社会学』。何かに没頭する「フロー体験」の名著です。旧版ですが安いので買ってしまいました。
伊丹先生の『見えざる資産・・』は買おうと思っていた本でしたが、それほど食指が動かなかった。しかし、400円なら問題なし。お買い上げです。同じ文脈で言うと、『検証成果主義』もそういう本です。
『随想録』は、本当は宮下志朗訳4冊組がほしいのですが、1000円だと失敗してもまた売ればいいのだし、とりあえず買った感じ。
丸山真男は、一度読まねばと思っていた本で、普通にいろんな古本屋で見かけますが、400円は見たことがなく、しかもそれなりの程度だったので購入。
カソンは、修論を書く際に読んでいて、懐かしくて買った次第。これからの仕事にも生かせればと思う。
そして、ヴェーバー関係の棚を見ていて、面白そうな2冊を買った次第です。
そのほかに買うかどうか最後まで迷ったのは:
旺文社文庫の内田百閒全38巻(初版帯付)に平山三郎の4冊をセットにした全42冊組。これが42000円だったのを3万円まで値引きしていたので、最後まで迷った。これは2度と出ないセットであることはほぼ確実。家に帰ってきてすでに後悔している・・・。この前は講談社版全集8000円で後悔しまくり。福武書店版全集なら12万円でありますが・・・。
あと安いので迷ったのがギボン『ローマ帝国衰亡史』村山勇三 岩波書店の10冊組。これ3000円で箱入りが出ていたのですが、これならいつでも買えると思って今回はパス。
もっともっと欲しい本はありますが、神保町に行けば買えると思うと幸福です。先立つものが必要ですけどね・・・。本は買い始めると買ってしまうんですよね・・・・。
2010年10月31日日曜日
古本まつり
大阪にいて、いつも東京と比べてダメだと思っていたのが古本屋。質・量とも東京は流石。150店以上の古本屋が神保町界隈にひしめき合うさまは、日本の出版文化が東京一極集中であることを示すとともに、それだけ本の需要も多いのだと思います。ロンドンならCharing Cross Road WC2(ポストコードがあいまいだがこれであっていると思う)。Open Universityに通っているころに、よく本をチェックしに行きました。当時の本も数冊まだ家に残っています。Charing Cross Roadといえば、私が駐在している当時、その北の端に当たるTottenham Court RoadのTubeの近所のスヌーカー屋(たしか、Centrepointという名前だったと思う。家に帰ればメンバーシップカードがある)のメンバーでした。メンバーシップといえばロンドンのあらゆるSporting Club(さて、何でしょう?)のHonourable Member(終生会員)でもありますが、何の自慢にもなりませんね。いずれにしろ出版文化バンザイです!
閑話休題、今日は古本まつりです。靖国通り沿いから回廊を作るように古本の露店の山です。手持ちの金も少なく、今日は偵察がてらに1冊。Bernal, J., D. (1965) Science in History 3rd ed., London: C. A. Watts & Co.. 邦訳J. D. バーナル(1966)『歴史における科学:決定版』鎮目恭夫、みすず書房を買いました。800円だったのでまあいいかと思います。これから読んでみようと思います。
実は本当の目的は、先々週小宮山書店で見かけた講談社版内田百閒全集10冊揃いの8千円を買いに行ったのですが、見事になくなっていました。福武版をコツコツ集めるか、また出てくるのを待つか。 こういうのは見かけたら有無を言わさず買うべきですね。前にも白川静で懲りているのに・・・・。
閑話休題、今日は古本まつりです。靖国通り沿いから回廊を作るように古本の露店の山です。手持ちの金も少なく、今日は偵察がてらに1冊。Bernal, J., D. (1965) Science in History 3rd ed., London: C. A. Watts & Co.. 邦訳J. D. バーナル(1966)『歴史における科学:決定版』鎮目恭夫、みすず書房を買いました。800円だったのでまあいいかと思います。これから読んでみようと思います。
実は本当の目的は、先々週小宮山書店で見かけた講談社版内田百閒全集10冊揃いの8千円を買いに行ったのですが、見事になくなっていました。福武版をコツコツ集めるか、また出てくるのを待つか。 こういうのは見かけたら有無を言わさず買うべきですね。前にも白川静で懲りているのに・・・・。
2010年10月19日火曜日
東京の住まい
東京の仮の住まい(と言いたい!)は日本橋人形町です。元々の希望は恵比寿・中目黒から学芸大学界隈でしたが高いし狭いでギブアップ。六本木はあまりにも高いだろうから、そのあたりのエリアにして アカデミーヒルズに毎日入り浸る生活を夢見ていて、ひそかにそのあたりを狙っていましたが、あまりの現実のひどさにあきらめました。 次は品川界隈。これは空港と新幹線のアクセス重視。何軒か見ましたが、日本橋に何代もお住まいという会社の先輩から、「seatakuちゃん、人形町界隈がいいよ。うちの実家もそうだけど、あのあたりいいお店も多いし、東京だったら食事もお酒も安いほうだし。焼け残りで本当の下町ってのはあのあたりだよ」なんて言われて、東京生まれの先輩はしきりに勧めてくる。同期ぐらいの単身赴任者は、「seataku、やっぱ門仲がええで。飯屋安いしひと駅行ったら打ちっぱなしもあるし」などという。結局不動産屋に何軒も用意させてみて、決めたのが人形町でした。適度な猥雑さと適度な静けさ。確かに名店と言われるお店もあるし、かといってそれほど高くないいいお店も多い。私の実家(堂島、十三、その後服部)や嫁はんの実家(京橋=大阪の)よりも格段にレベルが高い。そこで、人形町に住むことにしました。水天宮に近いほうなので、雰囲気・風情ともに非常にいい感じです。そこで片付けです。
雨降りのある土曜日。JALのポイントでためたWAONがあったので、ジャスコ・イオンに行きたかったが、近所にない。一番近いのがジャスコ南砂店だが、自転車で40分はかかる。雨の晴れ間が1時間ぐらい続いたので、意を決して自転車でジャスコへいく。清洲橋を渡って葛西橋通りまで出てひたすら自転車を東にこぐ。すると持っていた天気が木場公園のあたりで強烈な雨。雨宿りしたけど一向に弱くならず、満を持して家まで強い雨脚のなか戻る。帰り着くと当然のことながらずぶぬれ。その後、電車でいけるイケアまで行って、必要な棚板などを購入。
イケアに行くと、poelse med broed (読み方はペルセ・メ・ブロー、直訳はsausage with bread。oeはoに縦棒です)、いわゆるホットドッグが食べられる。とにかくいつでもペルセが喰いたいぐらい大好きです。ノルウェーだとどこのガソリンスタンドとか空港でも食べられます。スカンジナビア各国にそれぞれのペルセ文化があって、ノルウェーのはもっと太くてぐるぐる回るペルセ焼き(griller poelse)で回っています。しかし日本で本式ペルセが食べられるのはイケアだけです。それでもアイスランドでよくみられるpylsur(発音はピルシュル)の「ゆで」バージョンに近いですが、これがペルセに飢えた自分としてはうまい。1本目はケチャップとマスタードだけでシンプルに。2本目はこれにレリッシュを載せて。3本目はカリカリオニオンを加えたフルコースで。4本目はシンプルに何もつけずに。1本100円ですから、行くと5つぐらい食べてしまいます。私の知る限り、一番うまいペルセは、ノルウェーの寒村、モロイ(Maaloey、 aaはaの上に○、oeはoに縦棒)の港にあるペルセ屋で、さまざまなチョイスの中から選んで食べる。こんなマイナーなことを言っても仕方ない。ここのペルセには比べることはできないが、それでもうまい。
雨降りのある土曜日。JALのポイントでためたWAONがあったので、ジャスコ・イオンに行きたかったが、近所にない。一番近いのがジャスコ南砂店だが、自転車で40分はかかる。雨の晴れ間が1時間ぐらい続いたので、意を決して自転車でジャスコへいく。清洲橋を渡って葛西橋通りまで出てひたすら自転車を東にこぐ。すると持っていた天気が木場公園のあたりで強烈な雨。雨宿りしたけど一向に弱くならず、満を持して家まで強い雨脚のなか戻る。帰り着くと当然のことながらずぶぬれ。その後、電車でいけるイケアまで行って、必要な棚板などを購入。
イケアに行くと、poelse med broed (読み方はペルセ・メ・ブロー、直訳はsausage with bread。oeはoに縦棒です)、いわゆるホットドッグが食べられる。とにかくいつでもペルセが喰いたいぐらい大好きです。ノルウェーだとどこのガソリンスタンドとか空港でも食べられます。スカンジナビア各国にそれぞれのペルセ文化があって、ノルウェーのはもっと太くてぐるぐる回るペルセ焼き(griller poelse)で回っています。しかし日本で本式ペルセが食べられるのはイケアだけです。それでもアイスランドでよくみられるpylsur(発音はピルシュル)の「ゆで」バージョンに近いですが、これがペルセに飢えた自分としてはうまい。1本目はケチャップとマスタードだけでシンプルに。2本目はこれにレリッシュを載せて。3本目はカリカリオニオンを加えたフルコースで。4本目はシンプルに何もつけずに。1本100円ですから、行くと5つぐらい食べてしまいます。私の知る限り、一番うまいペルセは、ノルウェーの寒村、モロイ(Maaloey、 aaはaの上に○、oeはoに縦棒)の港にあるペルセ屋で、さまざまなチョイスの中から選んで食べる。こんなマイナーなことを言っても仕方ない。ここのペルセには比べることはできないが、それでもうまい。
オリバー・ウィリアムソン教授(UCバークレー)@神戸大
この10月17日(日)、オリバー・E・ウィリアムソン教授講演会に行ってまいりました。
このために大阪と名古屋で仕事を作り、晴れてノーベル賞受賞者の講演を聞く栄誉に預かりました。
今回は神戸大学社会科学系の同窓会である凌霜会のメルマガで知って、速攻で応募しました。
単純に「自分が引用している理論を作った先生を見てみたい」という純粋な好奇心に加えて、今回のテーマだった「学際的であれ(be interdisciplinary)」にも興味がありました。ウィリアムソン先生ご自身が学部はMITでEngineering、その後StanfordでMBA、そこでアロー教授と出会って経済学へとすすまれており、神戸MBAに来る人々もまさに「学際的」だからです。私自身学部は法律で、経営学とは縁がない学問をやって、20数年たって学校に戻ったわけで、そういう仲間が数多くいることで、それぞれが異なる視点を持っていること、また異なるアプローチで研究を進めることを神戸MBAで学ぶ。そういう意味では、学部よりも数段学びが深いと感じる。
ウィリアムソン先生がおっしゃっていたのが、「Teaching is Learning」でした。最初のほうにArrow教授の話で出てくるのですが、まさにその通りと感じる。取引費用論自体は、非常に骨太な理論で、ぜひ読んで研究してほしいと思いますが、その中で「摩擦(Friction)」というたとえがよく出てきます。たとえば市場の失敗と政府の失敗の間に「abrasion(擦り傷)」が出てきて、これがなぜか全く理解できなかったのですが、今回先生のバックグラウンドを知ってやっとたとえの理解ができた。
また久々に難解な先生の本を読んでみようか・・・・。
このために大阪と名古屋で仕事を作り、晴れてノーベル賞受賞者の講演を聞く栄誉に預かりました。
今回は神戸大学社会科学系の同窓会である凌霜会のメルマガで知って、速攻で応募しました。
単純に「自分が引用している理論を作った先生を見てみたい」という純粋な好奇心に加えて、今回のテーマだった「学際的であれ(be interdisciplinary)」にも興味がありました。ウィリアムソン先生ご自身が学部はMITでEngineering、その後StanfordでMBA、そこでアロー教授と出会って経済学へとすすまれており、神戸MBAに来る人々もまさに「学際的」だからです。私自身学部は法律で、経営学とは縁がない学問をやって、20数年たって学校に戻ったわけで、そういう仲間が数多くいることで、それぞれが異なる視点を持っていること、また異なるアプローチで研究を進めることを神戸MBAで学ぶ。そういう意味では、学部よりも数段学びが深いと感じる。
ウィリアムソン先生がおっしゃっていたのが、「Teaching is Learning」でした。最初のほうにArrow教授の話で出てくるのですが、まさにその通りと感じる。取引費用論自体は、非常に骨太な理論で、ぜひ読んで研究してほしいと思いますが、その中で「摩擦(Friction)」というたとえがよく出てきます。たとえば市場の失敗と政府の失敗の間に「abrasion(擦り傷)」が出てきて、これがなぜか全く理解できなかったのですが、今回先生のバックグラウンドを知ってやっとたとえの理解ができた。
また久々に難解な先生の本を読んでみようか・・・・。
2010年10月9日土曜日
ようやく片付けが完了しつつある
10月1日に赴任して、ようやく部屋が片付きつつあります。
今週冷蔵庫が到着し、カーテンも来たので、ようやく部屋らしくなってきました。この3連休で片付けを済ませてしまおう、といっても雨。移動手段が徒歩と自転車なので、雨が降ると困り果てる。今日はスーパーに行くのに遠出の予定だったのですが・・・・・。
今週冷蔵庫が到着し、カーテンも来たので、ようやく部屋らしくなってきました。この3連休で片付けを済ませてしまおう、といっても雨。移動手段が徒歩と自転車なので、雨が降ると困り果てる。今日はスーパーに行くのに遠出の予定だったのですが・・・・・。
2010年9月29日水曜日
引っ越しの家財
この日曜日に引っ越し荷物を搬出し、27日(月)の昼から搬入しました。
あいにくの雨でしたが、20箱程度なので、1時間もたたずに終了です。持っていったものは本、PC、服、ゴルフ道具、自転車、それと次の住まいは狭いにも関わらず、家を建てたときに嫁はんに思いっきり嫌味を言われたエコーネスのストレスレスチェア を持って行きました。これは、ノルウェーに頻繁に出張に行っているころによく行っていたオールスンド(Aalesund)のショールームやで欲しいと思っていた椅子で、代理店だったシモンズから直販に交代するというタイミングで大安売りしていたときがちょうど家の新築時で、思い切って買ったのですが、嫁はんには「こんな椅子、場所とるだけ」とさんざん言われていました。替わりに嫁はんにはマッサージチェアを買ってもいいと伝えています。
月曜日の昼から家電製品の買い出し。冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジ、オーブントースター、テレビを買うべく秋葉原へ。とにかくカネが飛んでいく。冷蔵庫は170リットルタイプが売り切れていたほかは、型落ちで安くなっている洗濯機。東京の方は値切らないそうですが、根っからの大阪人としては、当然値切りです。もともと7リットルの洗濯乾燥機なんて買う気ゼロでしたが、欲しいと思っていたもう少し小さいタイプの製品に「お湯とり機能」がないことが判明。そこで、安い機種を探すと、これが案外安い。「これ、こっちの製品のほうが機能が多いのに安いんですか?」という疑問からスタート。「値入が安い」とか適当なことを言うので、おもむろにカタログチェック。カタログに載っていない。「これ型落ちですやん。ほんならもうちょっと安せな」という一言で下げました。あとは、どれだけネゴしても安くならず、冷蔵庫に至ってはメーカー欠品なので無理とのこと。テレビは32型なんて買う気さらさらなかったが、これもなぜか4万円台で出ている製品があって、お持ち帰りでネゴするがこれも交渉不成立。まあ、22型よりも安いんでいいか、って思って買いました。
そして、これは家族には内緒ですが、いままで大学院時代も安物のデスクチェアで我慢して、腰痛に耐えて論文を書き上げました。何度か嫁はんの許可を得て4万円ぐらいのチェアを買う機会はあったのですが、我慢していました。単身赴任が決まってから、いままでどうしても手が出なかったハーマンミラーのアーロンチェアを買おうと決意していました。しかしネットで14万円弱はするこのチェアを買うのに躊躇していたところ、これの廉価版のアーロンチェアライトなら9万円弱と5万円ぐらい安い。前傾姿勢固定機能と肘掛調整がないだけなので、思い切ってAサイズ(小さい型)をネットで注文。 チェアなんて3千円ぐらいからあるのに、なぜ9万円か?やはり、よい椅子は疲れないからです。エコーネスはいい安楽椅子ですが、一人になって勉強できる環境なので、思い切って仕事感覚で打ち込めるものを購入してしまいました。一生ものと思います。
火曜日28日は、午前中は家電製品搬入(冷蔵庫は来週)して、カーテンを買いにカーテンの問屋をネットで探して訪問。既製品を買うのもオーダーするのもさほど値段が変わらないので、オーダーすることに。幅260cmx高さ210cm、135x110がそれぞれ1枚、90 x 90が2枚必要で、レースとカーテンで35,000円ほど。新築した時は1階リビングとダイニングだけで10万を軽く超えた。既製品のサイズを探してもらったがぴったりとしたものがなく、採寸に来てもらって作ってもらうことにした。
あとは、家具探し。家具は、ロンドン時代から御世話になり続けて20年になろうとしているIKEA(イケア、我が家では英語流でアイキア=「キ」にストレス と言っております)しかない。ロンドンでスーパーマーケットも閉まっている日曜日に唯一店を開けていたのがNorth Circular Road沿い、TESCOの横、NeasdenのTube近くのIKEAでした。そりゃ日本製の素晴らしい家具がよいのはわかりきっている。しかしIKEAの家具にするのは理由がある。
(1)本棚の素晴らしさ
IKEAのロングセラー本棚であるビリー。おそらく強度と値段を考えると一番パフォーマンスが高い。ロンドン、シアトル時代から使っている本棚5機、それと日本で購入した2機がそれぞれ自宅で活躍中です。 リビングには日本製の立派なのを新築時に入れていますが、それ以外はすべて本棚はこのシリーズにしている。
(2)デザインが許容範囲
シンプルなので許容範囲です。安いのはもっと安い製品を探すこともできますが、チャチでプアな感じがする。IKEAだと、それが薄まっている感じはします。
(3)リーズナブルな価格
決して最安値ではないが、そこそこ安い。耐久性とそこそこのデザインを考えると、リーズナブルである。
実は、家を探すときに、収納スペースが多いことと廊下があることを意識して探していました。廊下があれば奥行28cmのビリーなら展開できると思ったからです。そして、そういう家に住むことになり、IKEAの家具を入れまくっています。
BILLYシリーズの幅80cm x 高さ202cmを2機、食器棚代わりに40 x 202に扉をつけて1機。
箪笥としてPAXシリーズの幅100cm x 高さ 202cm x 奥行37cmに扉をつけて、ハンガーユニットやバスケットユニットをつけたものを購入。
ベッドは、狭い部屋の有効活用を考慮してロフトベッドにする。Tromsoeというシステムがあったので、これにマットレスを組み合わせて購入。これでベッドと机が一気に解決。外国のユニットのほうが1階の天井が高い(164cm。日本製は 140cm台が中心)ので使いやすい。
IKEAでは、全部自分でピックアップ(これで2,980円の節約)。これがいつも疲れる。普段は嫁はんがいるので苦労しないが、一人でやると疲れる。宅配サービスに出すと全部で280kg。疲れるはずです。製品は全部フラットパックなので、家で組み立てが必要です。IKEAなら付属の六角レンチ、ねじまわし、金槌があればほぼすべての組み立てはできるので、心配はしていません。
一旦大阪にも戻って、30日夜には東京に赴任し、1日朝から新しい職場に着任です。2日は家具類の集中搬入日にしています。
あいにくの雨でしたが、20箱程度なので、1時間もたたずに終了です。持っていったものは本、PC、服、ゴルフ道具、自転車、それと次の住まいは狭いにも関わらず、家を建てたときに嫁はんに思いっきり嫌味を言われたエコーネスのストレスレスチェア を持って行きました。これは、ノルウェーに頻繁に出張に行っているころによく行っていたオールスンド(Aalesund)のショールームやで欲しいと思っていた椅子で、代理店だったシモンズから直販に交代するというタイミングで大安売りしていたときがちょうど家の新築時で、思い切って買ったのですが、嫁はんには「こんな椅子、場所とるだけ」とさんざん言われていました。替わりに嫁はんにはマッサージチェアを買ってもいいと伝えています。
月曜日の昼から家電製品の買い出し。冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジ、オーブントースター、テレビを買うべく秋葉原へ。とにかくカネが飛んでいく。冷蔵庫は170リットルタイプが売り切れていたほかは、型落ちで安くなっている洗濯機。東京の方は値切らないそうですが、根っからの大阪人としては、当然値切りです。もともと7リットルの洗濯乾燥機なんて買う気ゼロでしたが、欲しいと思っていたもう少し小さいタイプの製品に「お湯とり機能」がないことが判明。そこで、安い機種を探すと、これが案外安い。「これ、こっちの製品のほうが機能が多いのに安いんですか?」という疑問からスタート。「値入が安い」とか適当なことを言うので、おもむろにカタログチェック。カタログに載っていない。「これ型落ちですやん。ほんならもうちょっと安せな」という一言で下げました。あとは、どれだけネゴしても安くならず、冷蔵庫に至ってはメーカー欠品なので無理とのこと。テレビは32型なんて買う気さらさらなかったが、これもなぜか4万円台で出ている製品があって、お持ち帰りでネゴするがこれも交渉不成立。まあ、22型よりも安いんでいいか、って思って買いました。
そして、これは家族には内緒ですが、いままで大学院時代も安物のデスクチェアで我慢して、腰痛に耐えて論文を書き上げました。何度か嫁はんの許可を得て4万円ぐらいのチェアを買う機会はあったのですが、我慢していました。単身赴任が決まってから、いままでどうしても手が出なかったハーマンミラーのアーロンチェアを買おうと決意していました。しかしネットで14万円弱はするこのチェアを買うのに躊躇していたところ、これの廉価版のアーロンチェアライトなら9万円弱と5万円ぐらい安い。前傾姿勢固定機能と肘掛調整がないだけなので、思い切ってAサイズ(小さい型)をネットで注文。 チェアなんて3千円ぐらいからあるのに、なぜ9万円か?やはり、よい椅子は疲れないからです。エコーネスはいい安楽椅子ですが、一人になって勉強できる環境なので、思い切って仕事感覚で打ち込めるものを購入してしまいました。一生ものと思います。
火曜日28日は、午前中は家電製品搬入(冷蔵庫は来週)して、カーテンを買いにカーテンの問屋をネットで探して訪問。既製品を買うのもオーダーするのもさほど値段が変わらないので、オーダーすることに。幅260cmx高さ210cm、135x110がそれぞれ1枚、90 x 90が2枚必要で、レースとカーテンで35,000円ほど。新築した時は1階リビングとダイニングだけで10万を軽く超えた。既製品のサイズを探してもらったがぴったりとしたものがなく、採寸に来てもらって作ってもらうことにした。
あとは、家具探し。家具は、ロンドン時代から御世話になり続けて20年になろうとしているIKEA(イケア、我が家では英語流でアイキア=「キ」にストレス と言っております)しかない。ロンドンでスーパーマーケットも閉まっている日曜日に唯一店を開けていたのがNorth Circular Road沿い、TESCOの横、NeasdenのTube近くのIKEAでした。そりゃ日本製の素晴らしい家具がよいのはわかりきっている。しかしIKEAの家具にするのは理由がある。
(1)本棚の素晴らしさ
IKEAのロングセラー本棚であるビリー。おそらく強度と値段を考えると一番パフォーマンスが高い。ロンドン、シアトル時代から使っている本棚5機、それと日本で購入した2機がそれぞれ自宅で活躍中です。 リビングには日本製の立派なのを新築時に入れていますが、それ以外はすべて本棚はこのシリーズにしている。
(2)デザインが許容範囲
シンプルなので許容範囲です。安いのはもっと安い製品を探すこともできますが、チャチでプアな感じがする。IKEAだと、それが薄まっている感じはします。
(3)リーズナブルな価格
決して最安値ではないが、そこそこ安い。耐久性とそこそこのデザインを考えると、リーズナブルである。
実は、家を探すときに、収納スペースが多いことと廊下があることを意識して探していました。廊下があれば奥行28cmのビリーなら展開できると思ったからです。そして、そういう家に住むことになり、IKEAの家具を入れまくっています。
BILLYシリーズの幅80cm x 高さ202cmを2機、食器棚代わりに40 x 202に扉をつけて1機。
箪笥としてPAXシリーズの幅100cm x 高さ 202cm x 奥行37cmに扉をつけて、ハンガーユニットやバスケットユニットをつけたものを購入。
ベッドは、狭い部屋の有効活用を考慮してロフトベッドにする。Tromsoeというシステムがあったので、これにマットレスを組み合わせて購入。これでベッドと机が一気に解決。外国のユニットのほうが1階の天井が高い(164cm。日本製は 140cm台が中心)ので使いやすい。
IKEAでは、全部自分でピックアップ(これで2,980円の節約)。これがいつも疲れる。普段は嫁はんがいるので苦労しないが、一人でやると疲れる。宅配サービスに出すと全部で280kg。疲れるはずです。製品は全部フラットパックなので、家で組み立てが必要です。IKEAなら付属の六角レンチ、ねじまわし、金槌があればほぼすべての組み立てはできるので、心配はしていません。
一旦大阪にも戻って、30日夜には東京に赴任し、1日朝から新しい職場に着任です。2日は家具類の集中搬入日にしています。
2010年9月19日日曜日
2010年9月11日土曜日
異動が決まりました
異動が決まりました。社内発表は昨日午後でした。
飲み会の予約が入り始めています。昨日、本日とも飲み会、明日も飲み会です。金が続くのだろうか・・・・。
人事なので、自分で自分の異動案を載せます。
2010年7月30日(金)午後4時30分 東京にて。
仕事が一段落して、ちょっと時間ができたときに「ちょっといいか?」と担当役員に呼び出された。こういう呼び出され方をするときにはロクなことがないのは、いままでの長いサラリーマン生活の中でよくわかっている。そのときも、何かしら嫌な予感がした。
「あなたは人事異動の直接の担当者なので、不意打ちするわけにもいかないから言っておく。すまんが異動してくれんか。異動先は経営企画室。経営企画室での仕事は 決まっていないが、まずはIRとかそういう関係になってくると思う。営業経験と人事の経験、駐在、それと説得力のある英語、加えて経営学の知識と、申し分ないと思う」。どこかで同じようなことがあった。それも3回も・・・・。
そしてふと思った。重要な持ち物を変更すると、異動を告げられるケースが多い。
1回目は、ロンドンからの帰任。1995年4月末、乗っていた車の調子がずっと悪く、ようやくふんぎりをつけて買い替えの契約を決めたその週明けに日本への帰任を告げられた。
2回目は、シアトルからの帰任。2003年1月、携帯電話を防水型のPanasonicに変更したとたんに帰任の電話がかかってきた。
3回目は、営業から人事への再登板。国際ローミングができる携帯電話が出だしたころで、モトローラの携帯を会社に申請していたのがやっと到着。しかしアドレス帳の移動がうまくいかず、朝4時までかかって全部入れなおしたと思ったら、その日の午前中に異動を告げられた。
4回目は今回の異動。長らくお願いしていたブラックベリーを入手した途端に異動を告げられた。
だいたい5年サイクルぐらいで違う仕事をやるような人生で、日本に帰ってきてから7年が過ぎた。そろそろほかの土地で仕事をするタイミングと思っていたが、それが来たということであろう。人事は大学院を含めて相当勉強したし、いったん営業を離れ、また戻り、また人事になったので、人事で食っていこうと思って3年半。しかし、経営企画室はまったくよくわからない部署である。まあ、「なるようになる」だろう。
ただ、その日東京から最終の新幹線で大阪に戻り、タクシーに乗ると、Stevie WonderのIsn't she lovely? がかかっていた。次にDo I Doがかかったので、すぐにアルバムが分かった。大学に入ったころに爆発的に売れた Stevie Wonder (1982) Musiquarium I. Detroit MI: Motownです。柄にもなく、聞いてて泣けてきた。「なるようになる」と思いつつ、やっぱり自分が一所懸命やってきたことと違うことをやらされるやるせなさ。営業から人事に行けと命令されたときに近い気持ちです。
飲み会の予約が入り始めています。昨日、本日とも飲み会、明日も飲み会です。金が続くのだろうか・・・・。
人事なので、自分で自分の異動案を載せます。
2010年7月30日(金)午後4時30分 東京にて。
仕事が一段落して、ちょっと時間ができたときに「ちょっといいか?」と担当役員に呼び出された。こういう呼び出され方をするときにはロクなことがないのは、いままでの長いサラリーマン生活の中でよくわかっている。そのときも、何かしら嫌な予感がした。
「あなたは人事異動の直接の担当者なので、不意打ちするわけにもいかないから言っておく。すまんが異動してくれんか。異動先は経営企画室。経営企画室での仕事は 決まっていないが、まずはIRとかそういう関係になってくると思う。営業経験と人事の経験、駐在、それと説得力のある英語、加えて経営学の知識と、申し分ないと思う」。どこかで同じようなことがあった。それも3回も・・・・。
そしてふと思った。重要な持ち物を変更すると、異動を告げられるケースが多い。
1回目は、ロンドンからの帰任。1995年4月末、乗っていた車の調子がずっと悪く、ようやくふんぎりをつけて買い替えの契約を決めたその週明けに日本への帰任を告げられた。
2回目は、シアトルからの帰任。2003年1月、携帯電話を防水型のPanasonicに変更したとたんに帰任の電話がかかってきた。
3回目は、営業から人事への再登板。国際ローミングができる携帯電話が出だしたころで、モトローラの携帯を会社に申請していたのがやっと到着。しかしアドレス帳の移動がうまくいかず、朝4時までかかって全部入れなおしたと思ったら、その日の午前中に異動を告げられた。
4回目は今回の異動。長らくお願いしていたブラックベリーを入手した途端に異動を告げられた。
だいたい5年サイクルぐらいで違う仕事をやるような人生で、日本に帰ってきてから7年が過ぎた。そろそろほかの土地で仕事をするタイミングと思っていたが、それが来たということであろう。人事は大学院を含めて相当勉強したし、いったん営業を離れ、また戻り、また人事になったので、人事で食っていこうと思って3年半。しかし、経営企画室はまったくよくわからない部署である。まあ、「なるようになる」だろう。
ただ、その日東京から最終の新幹線で大阪に戻り、タクシーに乗ると、Stevie WonderのIsn't she lovely? がかかっていた。次にDo I Doがかかったので、すぐにアルバムが分かった。大学に入ったころに爆発的に売れた Stevie Wonder (1982) Musiquarium I. Detroit MI: Motownです。柄にもなく、聞いてて泣けてきた。「なるようになる」と思いつつ、やっぱり自分が一所懸命やってきたことと違うことをやらされるやるせなさ。営業から人事に行けと命令されたときに近い気持ちです。
2010年9月9日木曜日
酔っ払い
恐ろしいことがありました。
いつも家の近所の駅の一つ手前で降りて歩きます。今日は前の部署の後輩と一緒に飲んだ帰りで、一つ手前の駅から歩いていました。家の近所の駅の踏切に差し掛かった時に、女性から「助けてください。あそこに人が入っています」と言われ見てみると、ホームから飛び降りて、線路をフラフラと歩いている酔っ払いが・・・・。そこで遮断機が下りました。「おい、おっさんなにしとんねん、はよよけろ」と大声で叫んで、遮断機越しに大きく手を振って運転士に知らせました。大きな警笛を鳴らして、電車が減速し、なんとか踏切の手前でストップしました。
そこからが大変です。女性2名と一緒におっさんに近づいて「大丈夫ですか」と言ったところ、完全に酔っ払っていて、「ちょっと待て」とかわけのわからないことを言い募っていました。電車の運転手の方も降りてきて、なんとかおっさんをどけようとするのですが、なかなかうまくいきません。私と二人ががりで、なんとか横におっさんを退避させようとしているときに、駅から駅員さんが2人やってきました。とにかく退避させるしかなく、横に退避させて電車を通して、そこから安全な場所に移動させようとしますが、わけのわからないことを喚いて、結局15分ぐらいかかって20メートルぐらいを動かして、なんとかなった次第です。
酔っ払って変なことをしないように気をつけねば・・・・。
いつも家の近所の駅の一つ手前で降りて歩きます。今日は前の部署の後輩と一緒に飲んだ帰りで、一つ手前の駅から歩いていました。家の近所の駅の踏切に差し掛かった時に、女性から「助けてください。あそこに人が入っています」と言われ見てみると、ホームから飛び降りて、線路をフラフラと歩いている酔っ払いが・・・・。そこで遮断機が下りました。「おい、おっさんなにしとんねん、はよよけろ」と大声で叫んで、遮断機越しに大きく手を振って運転士に知らせました。大きな警笛を鳴らして、電車が減速し、なんとか踏切の手前でストップしました。
そこからが大変です。女性2名と一緒におっさんに近づいて「大丈夫ですか」と言ったところ、完全に酔っ払っていて、「ちょっと待て」とかわけのわからないことを言い募っていました。電車の運転手の方も降りてきて、なんとかおっさんをどけようとするのですが、なかなかうまくいきません。私と二人ががりで、なんとか横におっさんを退避させようとしているときに、駅から駅員さんが2人やってきました。とにかく退避させるしかなく、横に退避させて電車を通して、そこから安全な場所に移動させようとしますが、わけのわからないことを喚いて、結局15分ぐらいかかって20メートルぐらいを動かして、なんとかなった次第です。
酔っ払って変なことをしないように気をつけねば・・・・。
2010年8月24日火曜日
やっと休みに突入!
明日から3日休むので5連休です。
去年は論文で夏休みはほぼ自分のためだけに使いました。金曜日の朝、普通に出社しているふりをしながら六甲に直行し、コンビニかオアシスで食料を買い込み、バスに乗って自習室に直行。そして夜までひたすら書きまくる。自習室・図書館・トイレだけが行く場所で、あとは開いていれば生協ぐらいか。ふと気付くと最終バスはとっくに出てしまっていて、とぼとぼ歩いて家路に就くような生活でした。そして土日は始発で家を出て終電まで六甲籠り。会社でも仕事をしているふりをしながら内職する。最後は、仕事の都合で、締め切りの前の金曜日に提出する必要があって、木・金と会社を休んで家に籠り、金曜日の午後2時に書きあがり、午後5時に提出と綱渡りでした。とにかく論文に追われた夏でした。その割には完成度が低い・・・・。
それでも、毎年家族旅行だけはするようにしていて、去年は論文書いてから2泊3日で九州に行きました。今年は北海道にしました。北海道といっても、旭山動物園と札幌、そして嫁はんのために定山渓で温泉。子どものため(ある意味自分のためでもあるが)札幌から大阪までトワイライトエクスプレスに乗ります。嫁はんはこれが気に入らない。しかし、記念ということで押し通しました。
本もいっぱい持っていきます。ある意味チャンスですから。
去年は論文で夏休みはほぼ自分のためだけに使いました。金曜日の朝、普通に出社しているふりをしながら六甲に直行し、コンビニかオアシスで食料を買い込み、バスに乗って自習室に直行。そして夜までひたすら書きまくる。自習室・図書館・トイレだけが行く場所で、あとは開いていれば生協ぐらいか。ふと気付くと最終バスはとっくに出てしまっていて、とぼとぼ歩いて家路に就くような生活でした。そして土日は始発で家を出て終電まで六甲籠り。会社でも仕事をしているふりをしながら内職する。最後は、仕事の都合で、締め切りの前の金曜日に提出する必要があって、木・金と会社を休んで家に籠り、金曜日の午後2時に書きあがり、午後5時に提出と綱渡りでした。とにかく論文に追われた夏でした。その割には完成度が低い・・・・。
それでも、毎年家族旅行だけはするようにしていて、去年は論文書いてから2泊3日で九州に行きました。今年は北海道にしました。北海道といっても、旭山動物園と札幌、そして嫁はんのために定山渓で温泉。子どものため(ある意味自分のためでもあるが)札幌から大阪までトワイライトエクスプレスに乗ります。嫁はんはこれが気に入らない。しかし、記念ということで押し通しました。
本もいっぱい持っていきます。ある意味チャンスですから。
2010年8月15日日曜日
2010年7月31日土曜日
本を読む余裕もなし
今日も仕事です。打合せが最近またもや多くなってきました。
本来なら私の師匠が大会委員長で招集号令がかかっていた日本労務学会に行きたかったのですが、東京で仕事なのでやむなし。ゼミの同期で参加する人にことづけて、今回は見送りにしました。残念。今日は、午前中は研修事務局で見ているだけなので、更新できる時間ができました。
10月の人事異動案は、今までならそんなに気合いを入れていませんでしたが、なぜか気合いの入った取り組みになってきたり、役員研修の企画、考課者研修のケーススタディと中身の検証、子会社案件での人事制度や規則面での関与など、本来暇な夏がやたら忙しい。それに面接も入っているので、余計に混乱している。昨日は特に忙しかった。激疲れでした。
本を読む暇もないというのは久々で、酒も飲んでいない。こんな余裕のない生活をしていてはいけないと思いつつ、やむを得ず仕事に走っている・・・・。やばい。
本来なら私の師匠が大会委員長で招集号令がかかっていた日本労務学会に行きたかったのですが、東京で仕事なのでやむなし。ゼミの同期で参加する人にことづけて、今回は見送りにしました。残念。今日は、午前中は研修事務局で見ているだけなので、更新できる時間ができました。
10月の人事異動案は、今までならそんなに気合いを入れていませんでしたが、なぜか気合いの入った取り組みになってきたり、役員研修の企画、考課者研修のケーススタディと中身の検証、子会社案件での人事制度や規則面での関与など、本来暇な夏がやたら忙しい。それに面接も入っているので、余計に混乱している。昨日は特に忙しかった。激疲れでした。
本を読む暇もないというのは久々で、酒も飲んでいない。こんな余裕のない生活をしていてはいけないと思いつつ、やむを得ず仕事に走っている・・・・。やばい。
2010年7月4日日曜日
2010年6月29日火曜日
もっと分かりやすいブログを目指して
自分の読んだ本をつれづれにこのブログで記録してきました。
このブログをもし誰かが見て参考にしようとするとき、統一されて分かりやすいフォーマットになっていたら分かりやすいですよね。
ですから、いままでのエントリーで読了した分については、目次を入れていく作業を開始します。章建てだけでも分かれば、参考になると思います。
ラベルを様々に入れていますので、これも整理する予定です。
あと、書籍名の表記法について、いままでは私の師匠に教わった参考文献の書き方に倣っていましたが、これを赤門マネジメントレビュー AMR執筆マニュアルの方式に統一します。基本的には私の師匠とほぼ同じ方法ですが、こちらのほうが統一性があるので、そのように変更します。特に邦訳文献の書き方が分かりやすいと思います。これも少しずつ進めていきます。
英語文献もこの方式ですが、この方式自体がAPA(アメリカ心理学会)と同じです。
このブログをもし誰かが見て参考にしようとするとき、統一されて分かりやすいフォーマットになっていたら分かりやすいですよね。
ですから、いままでのエントリーで読了した分については、目次を入れていく作業を開始します。章建てだけでも分かれば、参考になると思います。
ラベルを様々に入れていますので、これも整理する予定です。
あと、書籍名の表記法について、いままでは私の師匠に教わった参考文献の書き方に倣っていましたが、これを赤門マネジメントレビュー AMR執筆マニュアルの方式に統一します。基本的には私の師匠とほぼ同じ方法ですが、こちらのほうが統一性があるので、そのように変更します。特に邦訳文献の書き方が分かりやすいと思います。これも少しずつ進めていきます。
英語文献もこの方式ですが、この方式自体がAPA(アメリカ心理学会)と同じです。
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