2010年7月2日金曜日

流れを経営する(野中・遠山・平田) 読了しました

いや~、なかなかのものでした。

しかし楠木建(2010)『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』東洋経済新報社のほうが読み物としては優れている。楠木先生のタッチが軽妙で、普通のビジネスマンに一気読みさせるだけの筆力を感じる。ケースも適切で、理論を毛嫌いする人々にも受けている。弊社でもじわじわ拡大中です。

野中先生の「哲学」が好きな人(私もその一人)にとっては、野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社を一段とブラッシュアップしてケースを最新にした書と思えば間違いはないと思う。

野中先生の世界的成果であるSECIモデルについて、つまり暗黙知(主観)と形式知(客観)の2つの次元の相互交換が継続的に行われることによって知識が生成され変化し続けることのモデル化について広く議論される。そのなかでも、ニコマコス倫理学で出てきた「エピステーメ(普遍の真理)」「テクネ(実用的な知識・スキル」、そして「フロネシス(知的美徳・実践的知恵)」のなかで、とりわけフロネシスが重要であることを説く。フロネシスは「真・善・美の主観的感覚に基づく判断基準」「共通善に関する価値判断」である。「よい車」の例をあげて、客観的(エピステーメー的)にはよい車というのは普遍的真理ではなく、技術的(テクネ的)にいくら技術的に優れた車を作り出しても、それは主観的(フロネシス的)に「よい車」であるとは限らない。だから、「よい車」の定義は主観的な価値判断であり、常に文脈や当事者に左右される。フロネシスには絶対的な解はない。フロネシスは、科学理論にある「理由を知ること」、実戦的スキルの「手段を知ること」、そして実現するために「対象を知る」ことを綜合(シンセシス)する概念であるという。コンティンジェンシー理論のような、哲学のような。いずれにしろ、長年の社会人としての「肌感覚」は、フロネシス的なものが直感的に正しいことを示している。

就職活動中の学生さんから「御社の現場主義に惹かれました。僕も現場を訪問して泥臭く営業をしてみたいです」的な発言がよく見られます。現場を訪問すればそれで終わりと思っている薄っぺらさ。一度「それだけ現場に行きたいのだったら、うちに来る必要はなくて、どこかの工場ででも働けばいい」とまで言ったことがありますが、なぜ我々が商社なのに現場を訪ね、現場で経験を共有するのか、そこに理解がいたっていない学生が多い。

そういう学生は、本書の本田宗一郎の写真をよく見てほしい。コーナーを曲がるバイクの挙動を見るために這いつくばって観察する本田宗一郎(p109)。また、床に絵を描いて技術者に説明する本田宗一郎(p111)。これが現場主義をまさに体現している。単なる経験主義ではなく、現場を見るにしても現場により近い場所で観察する。それもとおりいっぺんのやり方ではなく。そして、一つ一つの現象が何を意味するのか深く考え、その場で動作とで自分の考えを伝えて実現していくというプロセスだと言いたいのだが、この写真(特にp109)がそれを雄弁に語ってくれている。すごいことだ。

理論だけでは頭でっかちになる。経験主義からは何も生まれない。だからフロネシス的なマネジメント、つまり実践的な綜合が求められていると言える。死に直面したソクラテスが死ぬことが真かどうかが問題ではなく、死に直面するソクラテスを前に自分が何をなすべきかが問題であり、よき実践が求められること、これこそが私の考える現場主義である。現場主義というペラペラな学生の言葉を強く、重くする思考を再び与えてくれた本書に感謝。

あとは、様々なケーススタディを取り上げ、流れの中でどのようにフロネシスな経営を実践しているかを紹介している。これも、ケースが新しく、非常にビビッドなので、読みやすいと思う。普通の読者は、第2部のケースだけでも相当勉強になると思う。経営学を志す人々や経営企画などで理論を正しく理解する意気込みのある人は第1部から入念に。

野中郁次郎、遠山亮子、平田透(2010)『流れを経営する―持続的イノベーション企業の動態理論』東洋経済新報社
目次
はじめに
第1部 理論編
第1章 知識について
第2章 知識創造の理論
第3章 プロセスモデルの構成要素
第4章 知識ベース企業のリーダーシップ
第5章 知識創造理論の物語的展開

第2部 企業事例編
第6章 理念・ビジョン
第7章 場と組織
第8章 対話と実践による事業展開
第9章 リーダーシップ

終章 マネジメントの卓越性を求めて

解説 研究開発のマネジメントからナレッジ・マネジメントへ
―戦略的マネジメントに対する知識創造理論の貢献(デイビッド・J・ティース)

参考文献
索引

注:
Nonaka, I., Toyama, R. & Hirata, T (2008) Managing Flow: A Theory of the Knowledge-Based Firm, New York: Palvrave MacMillan.の訳書として取り扱っていません。

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