105円の本としては最高、1890円でも上出来です。
ビジネスエコノミクスの基本的な書籍としては、幅広い読者がミクロ経済学の基礎を学ぶのに最適な1冊と思います。MBAでビジネスエコノミクスを本格的にやった方々には少し物足りないかもしれませんが、私はこの本を通読してもう一度ビジネスエコノミクスを勉強しようと思った次第です。
カバーされている内容は、基礎的なところから高度なところまで幅広いが、読みやすいがゆえにストレスを感じない。需要曲線と価格弾力性、市場と組織の経済学、エージェンシー理論とモラルハザード、逆選択、情報の非対称性、囚人のディレンマ、ゲームの繰り返しと協調、ホールドアップ問題、ポーターの競争戦略といった、民間企業の管理職(ある程度の決定権を与えられるポジション)の基礎素養としては必要かつ十分な理論を網羅している。それらは、すべて代表的な先行研究に裏打ちされた形で提示されている。そして、ケースが日本のケースなので、親しみを持ちながら理解することが可能である。
日本のビジネスパーソンが世界で戦ううえで必要な基礎素養の一つに、こういうビジネスエコノミクスがあると思う。はっきり言うと、日本のビジネスパーソンは、自分の仕事の領域は非常によく、深く勉強しているので、たとえば、自分が売ろうとしている商品や対抗商品についての説明力は群を抜いていると思う。しかし、それ以外の話題になると甚だ怪しい。理論を「机上の空論」としてバカにしているがゆえに、説明力が足りないと思う。
たとえば、Hirschman, A. O. (1970) Exit, Voice, and Loyalty: Response to Decline in Firms, Organizations and States. Cambridge, MA: Harvard University Press. 邦訳 アルバート・O・ハーシュマン『離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応』矢野修一 訳、ミネルヴァ書房なんて本は、頭のよさを試される本だが、この骨太な理論で大方のことは説明がつく。こういう素養があれば、海外のビジネスパーソンと渡り合う時にも苦労はしない。彼らは、そういったモデルをよく知っているので、説明力が高い。我々もそういったことを理解したい。こういう本を読んで理解するのは難儀なことだが、ビジネスエコノミクスにはこういう理論への言及もしっかりとされている(pp102-106)。各章の末尾の参考文献もしっかりと厳選されていて、次のステップに進みやすくしているのはよいことだと思う。
ただ、様々な理論をケースを加えて読みやすくして、しかも350ページ程度に収めているので、どうしても表面的な紹介になってしまっている。多忙なビジネスパーソンがサクッと読めて理解できる点では特筆できるが。もう少し学びたいと感じる方は、 丸山雅祥(2005)『経営の経済学』有斐閣に進んではいかがでしょうか。『ビジネスエコノミクス』と『経営の経済学』を比較すると、どちらがよいかではなく、ターゲットとする読者層が明らかに違うと考えてよいと思う。『ビジネスエコノミクス』はより幅広く、経済学の知識があまりなく、しかも今までそういう書物に触れてこなかった層を対象としていて、『経営の経済学』は、マネジメントや経済学への興味が高く、そういう書物には触れてきたが経済学の知識がない、つまりビジネスリテラシーが高い層をターゲットとしている。どちらも非常に良い本なので、どちらも手にとって、自分の1冊を読みこんでほしい。
伊藤元重(2004)『ビジネス・エコノミクス』日本経済新聞社
目次
序章 ビジネス・エコノミクスとは
第2章 価格戦略と儲けの仕組み
第3章 価格からビジネスの構造が見える
第4章 市場メカニズムを活用する
第5章 エイジェンシーの理論―モラルハザードと逆選択
第6章 ビジネスは「ゲーム」だ
第7章 経済学で競争戦略を解剖する
第8章 デジタル革命は何を変えたか
第9章 ビジネスは世界に広がる
終章 ビジネス環境は変わり続ける
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