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2010年9月19日日曜日

経営理論偽りの系譜:マネジメント思想の巨人たちの功罪(フープス)読了しました

この本、なかなかおもしろかったです。

経営学の「大家」であるテイラーとそれに続くギルブレスとガントチャートのガント。テーラー派の経営コンサルのフォレット、ホーソン実験のメイヨー。経営者の役割のバーナード。日本でも知られたQCのデミング。そしてドラッカー。フォレット以外は、それこそ経営学の大御所中の大御所である。こういう言い方が適当かは別として、ショベルのテイラー、レンガ積みのギルブレス。そしてリレーのメイヨー。このブログでもご紹介したが、Taylor, F. W. (1911) The Principles of Scientific Management (有賀裕子訳『新訳 科学的管理法:マネジメントの原点』, ダイヤモンド社, 2009年)は、絶対に外せない古典。こういう大家に敢然と挑んでいく姿勢は評価できる。予備知識なくこの本を読むと、それこそ経営学を曲解してしまうと思うが、経営学の基礎的な知識と何事も盲目的に受け入れない批判精神がある人にとっては、違うパースペクティブで理論やその背景をとらえられる本としてお薦めできます。自分が知らない背景を歴史家が丹念に調べている(と思われる)。それぞれの登場人物の評価を厳しくつけているが、どのような「大家」でもそれを盲目的に受け入れてはいけないことを教えられる。

話は変わりますが、岩崎夏海(2009)『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』ダイヤモンド社 と言う本がはやってまだ売れているようです。私も読みました。ドラッカーのすそ野を広げる取り組みは評価しますが、いかんせん表現があまりにも幼稚で読むに堪えない。アマゾンの評価も二分されているようですが、ビジネスマンならダイジェストに満足せず、Drucker, P., F., (1973) Management: Tasks, Responsibilities, Practices. New York: Harper Collins. ピーター・ドラッカー(2008)『マネジメント:務め、責任、実践(4冊組)』訳 有賀裕子、日経BP社をぜひ読んでほしい。申し訳ないが、二流の読み物を読んで分かった気になっても仕方ない。新訳になって読みやすくなりました(これも意見が分かれるところです)。これを読んでから本書を読むと、断然本書を楽しめると思います。

ちなみに、参考文献がしっかりしています。この点では評価できます。

Hoopes, J., (2003) False Prophets: The Gurus Who Created Modern Management and Why their Ideas are Bad for Business Today. Cambridge, MA: Basic Books. 邦訳 ジェームズ・フープス(2006)『経営理論 偽りの系譜:マネジメント思想の巨人たちの功罪』有賀裕子 訳、東洋経済新報社
目次
謝辞
はじめに
Part1 科学的管理法
第1章 草創期のアメリカでの人材マネジメント
第2章 「悪魔」 フレデリック・W・テイラー
第3章 「技術者」 ギルブレス夫妻とガント
Part2 人間関係論
第4章 「楽天家」 メアリー・パーカー・フォレット
第5章 「心理療法家」 エルトン・メイヨー
第6章 ザ・リーダー チェスターバーナード
Part3 社会哲学
第7章 「統計学者」 W・エドワーズ・デミング
第8章 「道徳家」 ピーター・ドラッカー
むすび
解説 (神戸大 金井先生)
訳者あとがき
原注
索引

2010年9月5日日曜日

経営理論偽りの系譜:マネジメント思想の巨人たちの功罪(フープス)

阪急六甲から六甲道に降りて行く途中に宇仁菅書店という古本屋があります。先日大学に行ったときにふらっと六甲道方面に歩いていたときに見つけて、立ち寄ってみました。哲学、美術、文学などの古本が多い中、経営書も若干は置いています。そこで見つけたのがHoopes, J., (2003) False Prophets: The Gurus Who Created Modern Management and Why their Ideas are Bad for Business Today. Cambridge, MA: Basic Books. 邦訳 ジェームズ・フープス(2006)『経営理論 偽りの系譜:マネジメント思想の巨人たちの功罪』有賀裕子 訳、東洋経済新報社である。 この本で紹介される人物は、経営学上非常に重要な貢献をしていると教わる。実際に至るところでこれらの人物の理論に出会い、そしてまさに「科学的管理法」としての経営学を学ぶ。しかし著者は、それらの「偉人」たちに立ち向かい、公然と批判するのである。このスタンスが非常に気になり、買ってしまった次第である。

積読になっていたのだが、これを今週は読んでみようと思う。ある意味異端の書である。

2010年8月23日月曜日

組織認識論(加護野) まだ読了しません

まだ読み進めていません。夏休みを今週とるので、集中して読みます。

久々に普通の旅行(うちの旅行はキャンプか普通の旅行です)に行く計画です。場所は北海道。この冬に北海道に出張しましたが、ロクなものも食べずに帰ってきてしまいました。息子は鉄道好きで、鉄道でどこかに行くのが大好き。そこで札幌から大阪までトワイライトエクスプレスに乗ることにしました。B寝台しか空席がなく、嫁さんは嫌がっていますが、汽車の中ではすることもないので、本をたくさん読めればと思っています。これ以外に数冊持っていく予定です。

2010年8月1日日曜日

組織認識論(加護野)

パラダイムといえばクーンですが、日本で組織の研究に応用した第一人者と言えば神戸大学の加護野先生です。そこで、MBA時代に修士論文を書くのに使った本を再読です:

加護野忠男(1988)『組織認識論:企業における創造と革新の研究』千倉書房

科学革命の構造(クーン) 読了しました

「コペルニクス的転回」略して「コペ転」。

高校のころに、この言葉と出会って、うまいこと言うな~、と感じ入った経験があります。この言葉自体は、カントの純粋理性批判の「認識が対象にしたがわなければならない」、つまり対象が認識を作る(経験でしか語れない)という立場から、「対象が認識にしたがわなければならない」、つまり認識が対象を見出す(理性が見いだせる)という全く逆の見方をすることで経験から解き放たれることを指しています。いまや、コペルニクス的展開という言葉を聞くことは少なくなってしまったが、「パラダイム」はいつでもどこでも誰もが「大きな枠組み」といったような意味合いで使うようになった。もっと違う形で「パラダイムシフト」を「競争のルールが変わること」という説明を加えている場合すらあるのである。ところが、クーンはこんなことは言っていない。

クーンの「パラダイム」とは、次の2つの性格を持つ業績のことである:
・ ほかの対立競争する科学研究活動を棄てて、それを支持しようとする特に熱心なグループを集めるほど、前例のないユニークさを持っていて、
・ 業績を中心として再構成された研究グループに解決すべきあらゆる種類の問題を提示している

クーンは、プトレマイオス天文学とコペルニクス天文学の誕生の過程で「パラダイム」の転換についてうまく説明している。紀元前2世紀から紀元2世紀の間に発展したプトレマイオスの体系による恒星の位置変化の予測は、現在でも実用に耐えうる。ところが、惑星ではコペルニクスと「同じぐらい」の精度を持っていたのだが、プトレマイオス体系で行った予測は当時最良の観測値とうまく合わなかった。そのため食い違いを少なくする補正をプトレマイオスの体系に加えていくが、一方を直せば他方が食い違うというようになり、天文学は恐ろしく複雑な学問となってしまう。そして、16世紀にはプトレマイオスの体系のように込み入っていて不正確なものは自然を真に(「同じぐらい」ではなく「完全に」)表していないと考えられるようになり、プトレマイオスの「パラダイム」からうまく当てはまらないということの認識から、コペルニクスはプトレマイオスのパラダイムを捨て、新しいパラダイムを求めさせる前提になったのである。ほかにはアリストテレスからニュートン、そしてアインシュタイン、ニュートリノに至る物理学、プリーストリーからラヴォアジェに至る酸素の発見まで、様々な例を用いて、パラダイムが説明される。そして、パラダイムとは、科学共同体で生み出される具体的業績の見本例であると説く。

パラダイム転換の概念は、もともと現在使われているような形で使われたのではなく、科学の発展が累積的・漸進的・連続的に起こるのではなく、質的な変化を含む非連続的なプロセスであることを現したものである。たとえば、プトレマイオス天文学が今となっては古い学問の「パラダイム」ではあっても、それはプトレマイオス天文学が科学でなかったわけではない。プトレマイオス天文学は、紀元前2世紀から累積的・漸進的・連続的に研究され、16世紀までは天文学の正統であった。しかし、うまく説明できないことが起こり、非連続的なプロセスからコペルニクス天文学が誕生している。
そして、クーン自身が、この本の主要点がほかの分野に応用できると読者が読みとったからこそ愛読されたのではないかとい点については、もともと文学、音楽、芸術、政治などの分野で起こる「革命的断絶」、つまり様式、嗜好、体制などの変化が往々にして革命的断絶で起こることから応用したと言っているのである。

やはり古典は読んでみるものである。この本は600円の古本だったが、新刊書でも同じ中身である。訳が古臭くて今一歩とは思うが、自分の知識をしっかりと整理するうえでは非常に役立つ。コペルニクス天文学のパラダイム転換の話は、商売や組織でも十分に使える強力なメタファーである。

Kuhn, T., S.(1962) The Structure of Scientific Revolutions. Chicago: The University of Chicago Press. 邦訳 トーマス・クーン(1971)『科学革命の構造』中山茂 訳、みすず書房

目次
まえがき
第1章  序論:歴史にとっての役割
第2章  通常科学への道
第3章  通常科学の性格
第4章  パズル時としての通常科学
第5章  パラダイムの優先
第6章  変則性と科学的発見の出現
第7章  危機と科学理論の出現
第8章  危機への対応
第9章  科学革命の本質と必然性
第10章 世界観の変革としての革命
第11章 革命が目立たないこと
第12章 革命の決着
第13章 革命を通しての進歩
補章   1969年

訳者あとがき

2010年7月25日日曜日

科学革命の構造(クーン)

見事な夏風邪を引いてしまいました。

先週の火曜日ぐらいから咳が出て痰が絡むので、風邪かな、と思っていたら、木曜日ぐらいから頭が痛い。鼻水も出てくるし、これは完全に夏風邪です。仕事にはちゃんと行っていますが、なかなかきつい。本を読む気力はあまりありません・・・。

とはいえ、夏らしく、重くて暑い一冊を読みます。天牛堺書店の600円均一で見つけたKuhn, T., S.(1962) The Structure of Scientific Revolutions. Chicago: The University of Chicago Press. 邦訳 トーマス・クーン(1971)『科学革命の構造』中山茂 訳、みすず書房です。これも実は原著(英語版)が1084円とかなりお安いので、英語で読める人は英語がお勧めです。「パラダイム」の概念を確立した1冊といえばお分かり頂けると思います。

2010年6月25日金曜日

知識創造の方法論(野中・紺野) 読了しました

野中郁次郎、紺野登(2003)『知識創 造の方法論:ナレッジワーカーの作法』東洋経済新報社を久々に読みました。この本は、通読すると非常に勉強になる。

第一部の「知の方法論の原点」では、プラトンに始まる哲学、つまり著者のいう「知の型」=枠組みや方法論としてとらえるための哲学について概論していく。プラトン、デカルト、デューイ、ロック、カント、西田、といった知の巨人たちの理論が解かれていく。もう少し高いレベルで概観したければ、やはりRussel, B., (1946) History of Western Philosophy, London: Routridge.(市井三郎訳『西洋哲学史:古代より現代にいたる政治的・社会的諸条件との関連における哲学史(3冊組)』みすず書房)がやはり金字塔と思えます。ちなみに、1950年ノーベル文学賞受賞作!なんでやねん、って思いますが、もし余裕があれば、西洋哲学史も買って、野中先生が引いている哲学者のところをじっくり読むと、本当によくわかると思います。 経営学をやるにしても、物事の考え方を学ばないとなかなか入ってこないことが修論やっているころに分かりました。

第二部「社会科学にみる知識創造の知」では、いわゆる社会学の命題、「行為」か「構造」か、を見ていきます。構造の代表はデュルケーム。行為の代表はヴェーバー(ウェーバーと野中先生は書いておられるが、雰囲気があるのはこちらか?)。そして出てくるのは当然「プロ倫」。そして「意味」。レヴィ・ストロース代表のフィールドワークと構造主義。そして出てくるのが有名なホワイトのストリートコーナーソサエティ。そして現象学のフッサールに至る。最後にはやはり、データによる実証主義の限界と個別事例によるメカニズム解明にいたる沼上幹(2000)『行為の経営学:経営学における意図せざる結果の探究』白桃書房への言及がある。推論の方法について、社会学的な見地から推し進めている。論文を書くときに必要な作法がしっかりと書かれていることもプラスポイント。こんなもんいるんかいな、って思いますが、読んで咀嚼して損はない。

ここまでは、いわゆる修論の組立て構造についてと考えればよいが、実務家にはいささか退屈と思う。しかし、第三部「コンセプトの方法論」からは理論嫌いな実務家でも十二分に楽しめると思います。コンセプト、つまり概念の問題で、現場をよく観察し、その意味を見出して概念化し、モデル(理論)化するというプロセスについて解かれている。そして、それらがビジネスのケースとしてどのようにApplyされているかを提示している。

第一部と第二部はMBA学生必読。社会人のダルな頭に喝を入れる。といっても、野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社をしっかりと読めばこの本までいるか、とも思えます。まず、知的創造企業を熟読して、物足りなければこれをよむスタンス。全然物足りなければ西洋哲学史に行けばどうでしょうか。いい本です。

野中郁次郎、紺野登(2003)『知識創 造の方法論:ナレッジワーカーの作法』東洋経済新報社
目次
まえがき
序 知の方法を身にまとう
1 新たな経営の知
2 ナレッジワーカーの時代

第1部 知の方法論の原点
1 哲学に見る知識創造の知
2 知識創造理論で見た哲学の知の壁
3 知識創造プロセスと弁証法のダイナミズム

第2部 社会科学に見る知識創造の知
1 科学の知の方法論の意味合いとその変遷
2 社会学の知のアプローチ―構造・行為・意味・統合
3 潜在的メカニズムの発見へ
4 新たな経営の知に向けて―綜合の知

第3部 「コンセプト」の方法論
1 コンセプトとは何か
2 「観察」の方法論―アイデアの源泉としての経験
3 「概念化」の方法論―意味の発見と形成
4 「モデル化(理論化)」の方法論
5 「実践化」の方法論
6 日常的行為へ

第4部 経営と知の方法
1 企業の知の型(組織的知識創造)
2 ナレッジ・リーダーシップ


参考文献
索引

2010年6月18日金曜日

知識創造の方法論(野中・紺野)

この前読了した野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社の第2章に特化したような本が野中郁次郎、紺野登(2003)『知識創造の方法論:ナレッジワーカーの作法』東洋経済新報社です。 これも久々に読んでみることとします。

なお、今回から、リンクはブクログの該当ページへのリンクに改めます。アマゾンのリンクでもよいのですが、ブクログのほうが、関連商品やレビューも出ていて、アマゾンへのリンクも提供されているので、こちらのほうが有益な情報が多いと思います。

2010年6月17日木曜日

知的創造企業(野中・竹内) 読了しました

久々に、野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社を読みました。事例が古いのは否めませんが、ぜひ読んでみてほしい。西洋哲学における知とは、形式的でかつ体系的。我々がいままで学んできた知は、この系統に属するだろう。一方で、日本的な知の系譜も存在するという。「人間と自然を一体化」する基本的志向は、西洋的な知とは対極であろう。たとえば、習慣に基づく「勘」、体で覚えこんだ技術、頭の中にだけあるノウハウなど、形式知になっていない暗黙知に注目されておらず、暗黙知から形式知を作り出すということまでに及んでいないと説く。

そして、知識創造のプロセスは、有名なSECIモデルにより、スパイラルアップして進行していく
共同化(Socialization) 暗黙知から暗黙知へ  各人の経験の共有化
形式化(Externalization) 暗黙知から形式知へ 共有した暗黙知を言語で表現する
連結化(Combination) 形式知から形式知へ  各人の形式知をマニュアルなどで一緒にする
内面化(Internalization)形式知から暗黙知へ 形式知を各人の内面で暗黙知化する

といった感じで、ホンダシティ、松下のホームベーカリー、キャノンのミニコピア、シャープの緊プロなどの事例を通じてそれを示していく。

この本のいいところは、単なる成功事例の羅列ではなく、序文にあるように組織的知識創造の一般理論を構築しようとする試みであること。理論志向の強さは、第2章の知識と経営で展開される西洋哲学の地に関する系譜、そして日本文化への言及で表されている。RBVの基本テキストであるだけに、内部資源にほぼ限定された議論であるが外部環境の影響の議論を排していることから、より理解しやすく仕上がっている。

筆者は、第4章から読めばよいというが、私としては、すべてのビジネスパーソンは、第2章と第3章を熟読してほしいと思う。

Nonaka, I. & Takeuchi, H. (1995) The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation. Oxford, UK: Oxford University Press. 邦訳 野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』梅本勝博訳、東洋経済新報社
目次
序文
謝辞
第1章 組織における知識―序論
第2章 知識と経営
第3章 組織的知識創造の理論
第4章 知識創造の実例
第5章 知識創造のためのマネジメント・プロセス
第6章 新しい組織構造
第7章 グローバルな組織的知識創造
第8章 実践的提言と理論的発見
日本語版へのあとがき
参考文献
索引

2010年6月10日木曜日

知的創造企業(野中・竹内)

やっぱり日本発でロバストな経営理論といえば、野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社に尽きるかもしれない。何度も読みました。安い本なんで、経営学をやる人は絶対に押さえておくべき名著です。閉塞感漂う現代にこそ、この本をしっかり読む意義があると思う。来週の出張に持っていきます。

2010年4月25日日曜日

オーガニゼーションズ (March & Simon) 読みました

このところ、面接地獄でブログを更新できていませんでした。

なんとか読みましたが、もう一度精読が必要でしょう。手ごわい本でした。

結局、重要なのは、高い勤労意欲は高い生産能力の十分条件ではないし、高い勤労意欲が低い勤労意欲よりも高い生産性を導くとはいえない。よって、勤労意欲と満足という単純な理論では説明できないのである。
・ 満足度が低ければ低いほど代替的プログラムの探索はより多くなる、
・ 探索が多ければ多いほど報酬の期待値はより高くなる
・ 報酬の期待値が高くなればなるほど満足度はより高くなる
・ 報酬の期待値が高くなればなるほど希求水準はより高くなる
・ 希求水準が高くなればなるほど満足度は低くなる

そして、とりうる行動のオプションとして、組織を離れる(満足度が低い)か、組織にとどまって生産するか、組織にとどまるが生産しない(ほかの満足を得る機会がある)のいずれかを選択することができる。

次に、組織に参加する意思決定として:
・ 組織は、組織の参加者と呼ばれる多くの人々の相互に関連した社会的行動の体系
・ 組織から誘因を受け、その見返りとして組織に対して貢献を行う。
・ 提供される誘因が要求されている貢献と等しいかあるいはヨリ大である場合にだけ参加
・ さまざまな集団によって供与される貢献が誘因の源泉
・ 貢献が十分にあって、貢献を引き出すために十分な誘因を供与している限りにおいて組織は存在し続ける。

そして、合理性については:
「人間の知的能力には、個人と組織とが直面する問題の複雑性と比較して限界があるために、合理的行動のために必要となることは、問題の複雑性のすべてをと らえることではなくて、問題の主要な局面のみをとらえた単純化されたモデルをもつことであるとして、この単純化は:

・ 極大化ではなくて、満足化
・ 行為の代替的選択肢と行為の結果は、探索の過程を通じて逐次的に発見される、
・ 組織および個人は、行為のプログラムのレパートリーを形成し、反復的な状況での選択に、これらを代替的選択肢として役立てる、
・ 特定の行為のプログラムのそれぞれが、限定された範囲内の状況と限定された範囲内の結果とに対応している、
・ 行為のプログラムのそれぞれは、他のプログラムとは半独立的に実施されうる、という特徴を持つ

と、まあ難しい本でした。もう少し本気で読んで行きたいと思います。

March, J. G. & Simon, H. A. (1958) Organizations. Hoboken, NJ: John Wiley & Sons. 邦訳 J・G・マーチ、H・A・サイモン(1977)『オーガニゼーションズ』土屋守章訳、ダイヤモンド社.
目次
訳者まえがき
謝辞
第1章 組織内行動
第2章 「古典的」組織理論
第3章 動機的制約―組織内の意思決定
第4章 動機的制約―参加の意思決定
第5章 組織におけるコンフリクト
第6章 合理性に対する認知限界
第7章 組織におけるプランニングと革新
あとがき
参考文献
索引

2010年4月4日日曜日

オーガニゼーションズ (March & Simon)

経営行動の次はこれ、といわれているやつです。


March, J. G. & H. A. Simon (1958) Organizations, Hoboken, NJ: John Wiley & Sons. (土屋守章訳『オーガニゼーションズ』ダイヤモンド社)。

絶版になって久しく、本は異常な高さで買えません(笑)。論文を書くときにコピーしていたので、それを読み返してみることとします。先の経営行動もそうだったのですが、翻訳が絶版になってしまい、久しく出ていません。こういう古典を残しておくわけにはいかないのでしょうか?これも大部です。頑張って読みたいと思います。


原書

はまだ売っています。

経営行動(Simon)再び(2) やっと読み終わり

仕事が忙しく、細切れで読んでいましたが、やっと読了しました。

意思決定にあたって、全代替的選択肢から一つを選びだす基準としての価値体系を持ち、可能な代替的選択肢を網羅し、各選択肢から生じる結果のすべてを知ることができなければならないが、人間はこういったことを不完全な形でしか実行できない。だから、人間は「限定された合理性(bounded rationality)」を達成できるだけである。しかし、個人の合理性には限界があっても、組織によって克服できるという立場である。目的のハイアラーキー(最近英語ともドイツ語ともつかないヒエラルキーなるカタカナ言葉が横行しているが、正しくはハイアラーキーかヒエラルヒーでしょ?)をどのように構成するかが経営の課題であるということ。そして、目標設定に関しては参加者全員がかかわり、目的実行のために協働が必要である。

まあ、単純に言ってしまうとコミュニケーションに関する本と言ってしまってもよいのだとは思いますが、もっと奥の深い本です。

Simon, H. A. (1997) Administrative Behavior: a Study of Decision-Making Process in Administrative Organizations (4th ed.). New York: Free Press. 邦訳 ハーバート・A・サイモン(2009)『経営行動:経営組織における意思決定過程の研究』二村敏子、桑田耕太郎、高尾義明、西尾暢子、高柳美香訳、ダイヤモンド社.
目次
訳者まえがき
第四版への序文
初版への序文
謝辞
第1章 意思決定と経営組織
第2章 経営理論の若干の問題点
第3章 意思決定における事実と価値
第4章 経営行動における合理性
第5章 経営決定の心理学
第6章 組織の均衡
第7章 権限の役割
第8章 コミュニケーション
第9章 能率の基準
第10章 忠誠心と組織への一体化
第11章 組織の解剖学
付録 経営の科学とは何か
索引

2010年3月21日日曜日

経営行動(Simon)再び(1)

この3連休、土曜日は家で仕事していました。
2月末に人事異動の発令が終わって、つかの間の暇な時期。部署の異動、店の異動、海外はたまた国内と、同僚や部下は発令を実際に動かす作業(引っ越しなどの物理的な作業)でてんてこ舞いですが、私の異動関係の仕事は10月から2月末までの異動調整、つまり人事として「戦略的」に異動させる対象者、その反対などの調整なので、2月末が終わるといったんは暇になります。
しかし、仕事は澱のように溜まっているもので、この土曜日は、働き方が通常の社員と異なる人々の人事評価について、報告書をまとめていました。
閑話休題、経営行動ですが、本気で読んでいます。土曜日の夜から読みだして、半分弱まで来ました。今週読み終わって報告します。

2010年3月18日木曜日

経営行動(Simon)

いったん読み終わりましたが・・・・・。
経営における合理的な意思決定とは何かについて論じられる。
「限られた合理性」、合理性には完全な知識が必要だが、実際には知識は断片的で、予測も不完全であること。
MBAに入ったころに英文でごりごり読んだころに比べて、斜め読みになっていると痛感。またわんこのことが気になって頭に入ってこない。仕事をしている時でも、ちょっと暇になるとわんこのことを思っていた。だから出張中も飲む気にもならず。もう一度読み直します。

2010年3月7日日曜日

経営行動

古典をもう一つ行きます。


Simon, H. A. (1997) Administrative Behavior: a Study of Decision-Making Process in Administrative Organizations 4th ed., New York: Free Press. (二村敏子ほか訳『経営行動:経営組織における意思決定過程の研究』ダイヤモンド社, 2009年).

これは、原著が神戸大MBAの最初の名物授業の必読テキストになっています。入学してちょっとしてから朝から晩までこれを読んでいた記憶があります。訳は、組織論で著名な二村先生の新訳です。論文を書いているころに買って通読、そしているところをつまみ食いしただけで、本気では読んでいませんでした。

500ページを超える大著ですので、時間かかりそうです。

科学的管理法 読了

そんなに分厚い本ではないのですぐに読んでしまいました。
訳者が経営書翻訳で定評のある有賀裕子で、ほかの訳本よりも読みやすいので、誰にでもお勧めできると思います。そんなに分厚い本ではないので、英語で読むとより分かりやすいです。

1911年の本なので、当然のことながら、のちの組織行動や経済学(とくに取引費用)に関する知見はこの本には含まれていませんが、1世紀前の「Principles」がそのまま今の社会でも通用するところは、人間がやっていることなんて変わらないということです。私は、この中ではショベルの話が一番好きです。工員は一人ひとり自分のショベルを渡されていて、それぞれ違う鉱石を運んでいる。しかし名人はひとすくい21ポンドですくう時に一番効率がいいことを発見します。そこで、鉱石によって違うショベルを用意して、21ポンドすくえるようにしたら効率が上がるというように改めた、という話です。まさに発想の転換。

いまでも使える知恵が含まれていて、古臭いといわずにご一読をお勧めします。この本から経営学は始まったわけですから。


Taylor, F. W. (1911). The Principles of Scientific Management.  邦訳 フレデリック・W・テイラー(2009)『新訳 科学的管理法:マネジメントの原点』有賀裕子訳. ダイヤモンド社.
目次
序章 本書の狙い
第1章 科学的管理法とは何か
第2章 科学的管理法の原則
1 「科学的管理法」以前における最善の方法
2 科学的管理法のエッセンス
3 銑鉄の運搬作業における取り組み
4 私の職歴―マネジメント改革に傾注した背景
5 シャベルすくい作業の研究
6 レンガ積みにおける検証
7 ベアリング用ボールの検品に対する考察
8 高度な金属切削業務における探究
9 科学的管理法の実践

2010年3月6日土曜日

科学的管理法

今日は、これです。


Taylor, F. W. (1911) "The Principles of Scientific Management" (有賀裕子訳『新訳 科学的管理法:マネジメントの原点』, ダイヤモンド社, 2009年)

そんなに分厚い本ではありませんが、これで行きます。原著(本当に1911年の本です!)旧訳(上野一郎訳『科学的管理法』, 産業能率短期大学出版部, 1969年))も読んでいますが、新しい翻訳で読んでみます。たまたま「積読(つんどく)」していた本です。