いや~、なかなかのものでした。
しかし楠木建(2010)『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』東洋経済新報社のほうが読み物としては優れている。楠木先生のタッチが軽妙で、普通のビジネスマンに一気読みさせるだけの筆力を感じる。ケースも適切で、理論を毛嫌いする人々にも受けている。弊社でもじわじわ拡大中です。
野中先生の「哲学」が好きな人(私もその一人)にとっては、野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社を一段とブラッシュアップしてケースを最新にした書と思えば間違いはないと思う。
野中先生の世界的成果であるSECIモデルについて、つまり暗黙知(主観)と形式知(客観)の2つの次元の相互交換が継続的に行われることによって知識が生成され変化し続けることのモデル化について広く議論される。そのなかでも、ニコマコス倫理学で出てきた「エピステーメ(普遍の真理)」「テクネ(実用的な知識・スキル」、そして「フロネシス(知的美徳・実践的知恵)」のなかで、とりわけフロネシスが重要であることを説く。フロネシスは「真・善・美の主観的感覚に基づく判断基準」「共通善に関する価値判断」である。「よい車」の例をあげて、客観的(エピステーメー的)にはよい車というのは普遍的真理ではなく、技術的(テクネ的)にいくら技術的に優れた車を作り出しても、それは主観的(フロネシス的)に「よい車」であるとは限らない。だから、「よい車」の定義は主観的な価値判断であり、常に文脈や当事者に左右される。フロネシスには絶対的な解はない。フロネシスは、科学理論にある「理由を知ること」、実戦的スキルの「手段を知ること」、そして実現するために「対象を知る」ことを綜合(シンセシス)する概念であるという。コンティンジェンシー理論のような、哲学のような。いずれにしろ、長年の社会人としての「肌感覚」は、フロネシス的なものが直感的に正しいことを示している。
就職活動中の学生さんから「御社の現場主義に惹かれました。僕も現場を訪問して泥臭く営業をしてみたいです」的な発言がよく見られます。現場を訪問すればそれで終わりと思っている薄っぺらさ。一度「それだけ現場に行きたいのだったら、うちに来る必要はなくて、どこかの工場ででも働けばいい」とまで言ったことがありますが、なぜ我々が商社なのに現場を訪ね、現場で経験を共有するのか、そこに理解がいたっていない学生が多い。
そういう学生は、本書の本田宗一郎の写真をよく見てほしい。コーナーを曲がるバイクの挙動を見るために這いつくばって観察する本田宗一郎(p109)。また、床に絵を描いて技術者に説明する本田宗一郎(p111)。これが現場主義をまさに体現している。単なる経験主義ではなく、現場を見るにしても現場により近い場所で観察する。それもとおりいっぺんのやり方ではなく。そして、一つ一つの現象が何を意味するのか深く考え、その場で動作とで自分の考えを伝えて実現していくというプロセスだと言いたいのだが、この写真(特にp109)がそれを雄弁に語ってくれている。すごいことだ。
理論だけでは頭でっかちになる。経験主義からは何も生まれない。だからフロネシス的なマネジメント、つまり実践的な綜合が求められていると言える。死に直面したソクラテスが死ぬことが真かどうかが問題ではなく、死に直面するソクラテスを前に自分が何をなすべきかが問題であり、よき実践が求められること、これこそが私の考える現場主義である。現場主義というペラペラな学生の言葉を強く、重くする思考を再び与えてくれた本書に感謝。
あとは、様々なケーススタディを取り上げ、流れの中でどのようにフロネシスな経営を実践しているかを紹介している。これも、ケースが新しく、非常にビビッドなので、読みやすいと思う。普通の読者は、第2部のケースだけでも相当勉強になると思う。経営学を志す人々や経営企画などで理論を正しく理解する意気込みのある人は第1部から入念に。
野中郁次郎、遠山亮子、平田透(2010)『流れを経営する―持続的イノベーション企業の動態理論』東洋経済新報社
目次
はじめに
第1部 理論編
第1章 知識について
第2章 知識創造の理論
第3章 プロセスモデルの構成要素
第4章 知識ベース企業のリーダーシップ
第5章 知識創造理論の物語的展開
第2部 企業事例編
第6章 理念・ビジョン
第7章 場と組織
第8章 対話と実践による事業展開
第9章 リーダーシップ
終章 マネジメントの卓越性を求めて
解説 研究開発のマネジメントからナレッジ・マネジメントへ
―戦略的マネジメントに対する知識創造理論の貢献(デイビッド・J・ティース)
参考文献
索引
注:
Nonaka, I., Toyama, R. & Hirata, T (2008) Managing Flow: A Theory of the Knowledge-Based Firm, New York: Palvrave MacMillan.の訳書として取り扱っていません。
おもにMBAプログラムや論文執筆の過程で読んできた経営学と経済学の書籍、それと経営学を理解するために必須の哲学や社会学についての書籍を読み直しています。その時に読めなくて積読になっていた本も読み進めます。MBAを修了したものの、継続的に学ぶためには、何らかの強制力が必要です。そこで、硬軟織り交ぜてご紹介できればと思います。
2010年6月29日火曜日
もっと分かりやすいブログを目指して
自分の読んだ本をつれづれにこのブログで記録してきました。
このブログをもし誰かが見て参考にしようとするとき、統一されて分かりやすいフォーマットになっていたら分かりやすいですよね。
ですから、いままでのエントリーで読了した分については、目次を入れていく作業を開始します。章建てだけでも分かれば、参考になると思います。
ラベルを様々に入れていますので、これも整理する予定です。
あと、書籍名の表記法について、いままでは私の師匠に教わった参考文献の書き方に倣っていましたが、これを赤門マネジメントレビュー AMR執筆マニュアルの方式に統一します。基本的には私の師匠とほぼ同じ方法ですが、こちらのほうが統一性があるので、そのように変更します。特に邦訳文献の書き方が分かりやすいと思います。これも少しずつ進めていきます。
英語文献もこの方式ですが、この方式自体がAPA(アメリカ心理学会)と同じです。
このブログをもし誰かが見て参考にしようとするとき、統一されて分かりやすいフォーマットになっていたら分かりやすいですよね。
ですから、いままでのエントリーで読了した分については、目次を入れていく作業を開始します。章建てだけでも分かれば、参考になると思います。
ラベルを様々に入れていますので、これも整理する予定です。
あと、書籍名の表記法について、いままでは私の師匠に教わった参考文献の書き方に倣っていましたが、これを赤門マネジメントレビュー AMR執筆マニュアルの方式に統一します。基本的には私の師匠とほぼ同じ方法ですが、こちらのほうが統一性があるので、そのように変更します。特に邦訳文献の書き方が分かりやすいと思います。これも少しずつ進めていきます。
英語文献もこの方式ですが、この方式自体がAPA(アメリカ心理学会)と同じです。
また古本屋へ!
きょうは、嫁はんとけんか(なぜか最近多い)して、頭を冷やしに昼前に外に出ました。
まず朝っぱらからビールを飲んで、かっぱ横丁の阪急古書のまち からスタートです。一通り回って、「ばかなる]と「非常識の経営」を探しますがなく、それといった本もなく、阪急東通から天神橋筋商店街へ向かう。阪急東通では、末広書店に入る。4階建てだが、1階と4階の一部にしかまともな本はない。石井淳蔵、奥村昭博、加護野忠男、野中郁次郎(1996)『経営戦略論 新版』有斐閣 を100円でサルベージした。100円ならまあいいでしょう。そして、ゆうぶんは定休日。ここにもそれなりに本はあります。
最近古本屋が多いので知られているのが天神橋筋商店街です。日曜日だったのもあって、天牛書店 天神橋店と矢野書店を冷やかしたぐらい。ここにもお目当ての本はなかった。あと、天四文庫を覗いてみた。ギアツ、C.,(2002)『解釈人類学と反=反相対主義』(小泉潤二訳)みすず書房の2010年4月に「書物復権」で復刻された新品同然が2,500円で売られていたり、あと、ヌガラもあったりと、なかなかでした。それでも何も買わずに、遅い昼食を。
昼食は、久々に天五の春駒へ行ってまいりました。まぁ、この値段なら回転寿司よりもずっとよろしい。一人で昼下がりに冷えたビールとすし。家族と行くのはそれでいいのですが、一人もなかなかですね。
まず朝っぱらからビールを飲んで、かっぱ横丁の阪急古書のまち からスタートです。一通り回って、「ばかなる]と「非常識の経営」を探しますがなく、それといった本もなく、阪急東通から天神橋筋商店街へ向かう。阪急東通では、末広書店に入る。4階建てだが、1階と4階の一部にしかまともな本はない。石井淳蔵、奥村昭博、加護野忠男、野中郁次郎(1996)『経営戦略論 新版』有斐閣 を100円でサルベージした。100円ならまあいいでしょう。そして、ゆうぶんは定休日。ここにもそれなりに本はあります。
最近古本屋が多いので知られているのが天神橋筋商店街です。日曜日だったのもあって、天牛書店 天神橋店と矢野書店を冷やかしたぐらい。ここにもお目当ての本はなかった。あと、天四文庫を覗いてみた。ギアツ、C.,(2002)『解釈人類学と反=反相対主義』(小泉潤二訳)みすず書房の2010年4月に「書物復権」で復刻された新品同然が2,500円で売られていたり、あと、ヌガラもあったりと、なかなかでした。それでも何も買わずに、遅い昼食を。
昼食は、久々に天五の春駒へ行ってまいりました。まぁ、この値段なら回転寿司よりもずっとよろしい。一人で昼下がりに冷えたビールとすし。家族と行くのはそれでいいのですが、一人もなかなかですね。
2010年6月26日土曜日
またまた古本屋
吉原英樹(1988)『「ばかな」と「なるほど」:経営成功 のキメ手!』同文舘出版と、吉原英樹、安室憲一、金井一頼(1987)『「非」常識の経営』東洋経済新報社の2冊を探して、こまめに古本屋を回っています。しかし、なかなかめぐりあうことがありません。こういう本なら意外と100円均一なんかに入っていることが多いので、とにかくいろいろ回るようにはしています。最近では、会社帰りに天牛堺書店 大江橋店を冷やかすことが多くなっています。入れ替えでいろんな本が入ってくるので、ぶらぶらしてみています。そんな中で、いわゆる「積読」の本を買いました。
Marx, K. (1867) Das Kapital: Kritik der Politischen Oekonimie, Hamburg: Verlag (マルクス=エンゲルス全集刊行委員会訳(1968)『資本論』大月書店 全五巻) です。箱はなかったのですが、ほとんど読まれた形跡がなく、1冊250円で1,250円。5冊買っても現行の国民文庫版 大月書店の1冊分にもならない。学生時代に資本論は「ええかっこして」よみましたが、もう一度どこかで読む機会がほしいと思っていたところ、たまたまこんな値段で出ていたので買ってしまいました。いずれは読みます。
次は、Russel, B., (1946) History of Western Philosophy, London: Routridge.(市井三郎訳(1968)『西洋哲学史:古代より現代にいたる政治的・社会的諸条件との関連における哲学史』みすず書房)です。 Routridgeのペーパーバック版は2度ほど読んでいまでもありますが、1,400円でしたので買いました。3冊組の71年版ですと1冊5,000円ほどしますので、これも10分の1程度のお値段です。これもいずれは読むつもりで買いました。
Marx, K. (1867) Das Kapital: Kritik der Politischen Oekonimie, Hamburg: Verlag (マルクス=エンゲルス全集刊行委員会訳(1968)『資本論』大月書店 全五巻) です。箱はなかったのですが、ほとんど読まれた形跡がなく、1冊250円で1,250円。5冊買っても現行の国民文庫版 大月書店の1冊分にもならない。学生時代に資本論は「ええかっこして」よみましたが、もう一度どこかで読む機会がほしいと思っていたところ、たまたまこんな値段で出ていたので買ってしまいました。いずれは読みます。
次は、Russel, B., (1946) History of Western Philosophy, London: Routridge.(市井三郎訳(1968)『西洋哲学史:古代より現代にいたる政治的・社会的諸条件との関連における哲学史』みすず書房)です。 Routridgeのペーパーバック版は2度ほど読んでいまでもありますが、1,400円でしたので買いました。3冊組の71年版ですと1冊5,000円ほどしますので、これも10分の1程度のお値段です。これもいずれは読むつもりで買いました。
流れを経営する(野中・遠山・平田)
野中郁次郎、遠山亮子、平田透(2010)『流れを経営する:持続的イノベーション企業の動態理論』東洋経済新報社が発刊されたのでさっそく衝動買い。神戸大学の小川先生と金井先生が推薦されていたこともありますが、このところ野中先生の本を立て続けに読んでいるのもあって、平積みされていたので早速購入して読んでいます。
原著は、Nonaka, I., T. Hirata, R. Toyama (2008) Managing Flow: a Process Theory of Knowledge-Based Firm, Basingstoke, UK: Palgrave-MacMillan.ですが、原著とは「かなり異なった本となった」と述べられている。
野中先生の本は、経営学でも哲学の知識の上に成り立っていることを示していて、まさに「巨人の肩に乗って」研究する必要性をいつも呼び起されます。結局仕事でも一緒で、先人の蓄積の上に成り立っていて、いいところも多いが、時代に合わないものも多い。だから創造的破壊が求められているのだが・・・・・。
そういう知見を得たい。
原著は、Nonaka, I., T. Hirata, R. Toyama (2008) Managing Flow: a Process Theory of Knowledge-Based Firm, Basingstoke, UK: Palgrave-MacMillan.ですが、原著とは「かなり異なった本となった」と述べられている。
野中先生の本は、経営学でも哲学の知識の上に成り立っていることを示していて、まさに「巨人の肩に乗って」研究する必要性をいつも呼び起されます。結局仕事でも一緒で、先人の蓄積の上に成り立っていて、いいところも多いが、時代に合わないものも多い。だから創造的破壊が求められているのだが・・・・・。
そういう知見を得たい。
2010年6月25日金曜日
知識創造の方法論(野中・紺野) 読了しました
野中郁次郎、紺野登(2003)『知識創 造の方法論:ナレッジワーカーの作法』東洋経済新報社を久々に読みました。この本は、通読すると非常に勉強になる。
第一部の「知の方法論の原点」では、プラトンに始まる哲学、つまり著者のいう「知の型」=枠組みや方法論としてとらえるための哲学について概論していく。プラトン、デカルト、デューイ、ロック、カント、西田、といった知の巨人たちの理論が解かれていく。もう少し高いレベルで概観したければ、やはりRussel, B., (1946) History of Western Philosophy, London: Routridge.(市井三郎訳『西洋哲学史:古代より現代にいたる政治的・社会的諸条件との関連における哲学史(3冊組)』みすず書房)がやはり金字塔と思えます。ちなみに、1950年ノーベル文学賞受賞作!なんでやねん、って思いますが、もし余裕があれば、西洋哲学史も買って、野中先生が引いている哲学者のところをじっくり読むと、本当によくわかると思います。 経営学をやるにしても、物事の考え方を学ばないとなかなか入ってこないことが修論やっているころに分かりました。
第二部「社会科学にみる知識創造の知」では、いわゆる社会学の命題、「行為」か「構造」か、を見ていきます。構造の代表はデュルケーム。行為の代表はヴェーバー(ウェーバーと野中先生は書いておられるが、雰囲気があるのはこちらか?)。そして出てくるのは当然「プロ倫」。そして「意味」。レヴィ・ストロース代表のフィールドワークと構造主義。そして出てくるのが有名なホワイトのストリートコーナーソサエティ。そして現象学のフッサールに至る。最後にはやはり、データによる実証主義の限界と個別事例によるメカニズム解明にいたる沼上幹(2000)『行為の経営学:経営学における意図せざる結果の探究』白桃書房への言及がある。推論の方法について、社会学的な見地から推し進めている。論文を書くときに必要な作法がしっかりと書かれていることもプラスポイント。こんなもんいるんかいな、って思いますが、読んで咀嚼して損はない。
ここまでは、いわゆる修論の組立て構造についてと考えればよいが、実務家にはいささか退屈と思う。しかし、第三部「コンセプトの方法論」からは理論嫌いな実務家でも十二分に楽しめると思います。コンセプト、つまり概念の問題で、現場をよく観察し、その意味を見出して概念化し、モデル(理論)化するというプロセスについて解かれている。そして、それらがビジネスのケースとしてどのようにApplyされているかを提示している。
第一部と第二部はMBA学生必読。社会人のダルな頭に喝を入れる。といっても、野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社をしっかりと読めばこの本までいるか、とも思えます。まず、知的創造企業を熟読して、物足りなければこれをよむスタンス。全然物足りなければ西洋哲学史に行けばどうでしょうか。いい本です。
野中郁次郎、紺野登(2003)『知識創 造の方法論:ナレッジワーカーの作法』東洋経済新報社
目次
まえがき
序 知の方法を身にまとう
1 新たな経営の知
2 ナレッジワーカーの時代
第1部 知の方法論の原点
1 哲学に見る知識創造の知
2 知識創造理論で見た哲学の知の壁
3 知識創造プロセスと弁証法のダイナミズム
第2部 社会科学に見る知識創造の知
1 科学の知の方法論の意味合いとその変遷
2 社会学の知のアプローチ―構造・行為・意味・統合
3 潜在的メカニズムの発見へ
4 新たな経営の知に向けて―綜合の知
第3部 「コンセプト」の方法論
1 コンセプトとは何か
2 「観察」の方法論―アイデアの源泉としての経験
3 「概念化」の方法論―意味の発見と形成
4 「モデル化(理論化)」の方法論
5 「実践化」の方法論
6 日常的行為へ
第4部 経営と知の方法
1 企業の知の型(組織的知識創造)
2 ナレッジ・リーダーシップ
注
参考文献
索引
第一部の「知の方法論の原点」では、プラトンに始まる哲学、つまり著者のいう「知の型」=枠組みや方法論としてとらえるための哲学について概論していく。プラトン、デカルト、デューイ、ロック、カント、西田、といった知の巨人たちの理論が解かれていく。もう少し高いレベルで概観したければ、やはりRussel, B., (1946) History of Western Philosophy, London: Routridge.(市井三郎訳『西洋哲学史:古代より現代にいたる政治的・社会的諸条件との関連における哲学史(3冊組)』みすず書房)がやはり金字塔と思えます。ちなみに、1950年ノーベル文学賞受賞作!なんでやねん、って思いますが、もし余裕があれば、西洋哲学史も買って、野中先生が引いている哲学者のところをじっくり読むと、本当によくわかると思います。 経営学をやるにしても、物事の考え方を学ばないとなかなか入ってこないことが修論やっているころに分かりました。
第二部「社会科学にみる知識創造の知」では、いわゆる社会学の命題、「行為」か「構造」か、を見ていきます。構造の代表はデュルケーム。行為の代表はヴェーバー(ウェーバーと野中先生は書いておられるが、雰囲気があるのはこちらか?)。そして出てくるのは当然「プロ倫」。そして「意味」。レヴィ・ストロース代表のフィールドワークと構造主義。そして出てくるのが有名なホワイトのストリートコーナーソサエティ。そして現象学のフッサールに至る。最後にはやはり、データによる実証主義の限界と個別事例によるメカニズム解明にいたる沼上幹(2000)『行為の経営学:経営学における意図せざる結果の探究』白桃書房への言及がある。推論の方法について、社会学的な見地から推し進めている。論文を書くときに必要な作法がしっかりと書かれていることもプラスポイント。こんなもんいるんかいな、って思いますが、読んで咀嚼して損はない。
ここまでは、いわゆる修論の組立て構造についてと考えればよいが、実務家にはいささか退屈と思う。しかし、第三部「コンセプトの方法論」からは理論嫌いな実務家でも十二分に楽しめると思います。コンセプト、つまり概念の問題で、現場をよく観察し、その意味を見出して概念化し、モデル(理論)化するというプロセスについて解かれている。そして、それらがビジネスのケースとしてどのようにApplyされているかを提示している。
第一部と第二部はMBA学生必読。社会人のダルな頭に喝を入れる。といっても、野中郁次郎、竹内弘高(1996)『知的創造企業』(梅本勝博訳)東洋経済新報社をしっかりと読めばこの本までいるか、とも思えます。まず、知的創造企業を熟読して、物足りなければこれをよむスタンス。全然物足りなければ西洋哲学史に行けばどうでしょうか。いい本です。
野中郁次郎、紺野登(2003)『知識創 造の方法論:ナレッジワーカーの作法』東洋経済新報社
目次
まえがき
序 知の方法を身にまとう
1 新たな経営の知
2 ナレッジワーカーの時代
第1部 知の方法論の原点
1 哲学に見る知識創造の知
2 知識創造理論で見た哲学の知の壁
3 知識創造プロセスと弁証法のダイナミズム
第2部 社会科学に見る知識創造の知
1 科学の知の方法論の意味合いとその変遷
2 社会学の知のアプローチ―構造・行為・意味・統合
3 潜在的メカニズムの発見へ
4 新たな経営の知に向けて―綜合の知
第3部 「コンセプト」の方法論
1 コンセプトとは何か
2 「観察」の方法論―アイデアの源泉としての経験
3 「概念化」の方法論―意味の発見と形成
4 「モデル化(理論化)」の方法論
5 「実践化」の方法論
6 日常的行為へ
第4部 経営と知の方法
1 企業の知の型(組織的知識創造)
2 ナレッジ・リーダーシップ
注
参考文献
索引
2010年6月20日日曜日
文献の探し方
もともと前のエントリーに同じにしていたのを分けます。
吉原英樹(1988)『「ばかな」と「なるほど」:経営成功 のキメ手!』同文舘出版と、吉原英樹、安室憲一、金井一頼(1987)『「非」常識の経営』東 洋経済新報社の2冊を読もうと、アマゾンやブックオフなどで古本を探しましたが、全く見つかりませんでした。こういう場合に検索サイトを活用します。
和書であれば、大阪府WEB-OPAC を調べます。大阪府下の公共図書館と日本全国の大学図書館の検索サイトNACSIS WEBCATから検索してくれます。単行本でこの探し方でヒットしなかった文献はありません。学生のころは神戸大学附属図書館のOPACで調べるとほとんどは神戸大学 に所蔵されていましたが、中之島図書館が勤務先から近いので、その利用のために大阪府のOPACもよく使っていました。大阪府中央図書館からも配本可能で すので、使いやすいです。マイナーな業界紙とか雑誌は普通では探せませんから、そういうときにおせわになりっぱなしだったのが、国会図書館OPACでした。修士論文を書いているころに、国会図書館にしか所蔵が ない業界紙をコピーによく行きました。行かなくてもコピーサービスもあるので、利用するのも手です。
洋書は、神戸大学附属図書館のOPACで調べることが多いです。NACSIS WEBCATでも調べることができます。修士論文の準備で英語の参考文献を相当読んでいたので、その頃はよくお世話になりました。ちなみに、神戸大学になかった必要文献は、WEBCATで調べれば、どの大学にあるかが分かります。
結局上記2冊は、この近辺だと神戸大学社会科学系図書館(神戸の先生の著書ですから当然ですよね)と大阪市立中央図書館にありました。久しぶりに西長堀の中央図書館で借りてきました。この図書館は、雑誌が充実していて、神戸大学にない文献をここが収集していたので、たまに行っていました。大阪府立中央図書館や大阪府立中之島図書館に比べて書庫からの出庫が遅いのが難 点ですが、15分ぐらいのことです。
こういう資料の探し方もMBAに行って徹底してうまくなりました。自分の家や会 社からこうやって日本中の蔵書情報が手に入る。すごい時代であることを改めて感じます。
登録:
投稿 (Atom)