2010年10月31日日曜日

古本まつり

大阪にいて、いつも東京と比べてダメだと思っていたのが古本屋。質・量とも東京は流石。150店以上の古本屋が神保町界隈にひしめき合うさまは、日本の出版文化が東京一極集中であることを示すとともに、それだけ本の需要も多いのだと思います。ロンドンならCharing Cross Road WC2(ポストコードがあいまいだがこれであっていると思う)。Open Universityに通っているころに、よく本をチェックしに行きました。当時の本も数冊まだ家に残っています。Charing Cross Roadといえば、私が駐在している当時、その北の端に当たるTottenham Court RoadのTubeの近所のスヌーカー屋(たしか、Centrepointという名前だったと思う。家に帰ればメンバーシップカードがある)のメンバーでした。メンバーシップといえばロンドンのあらゆるSporting Club(さて、何でしょう?)のHonourable Member(終生会員)でもありますが、何の自慢にもなりませんね。いずれにしろ出版文化バンザイです!

閑話休題、今日は古本まつりです。靖国通り沿いから回廊を作るように古本の露店の山です。手持ちの金も少なく、今日は偵察がてらに1冊。Bernal, J., D. (1965) Science in History 3rd ed., London: C. A. Watts & Co.. 邦訳J. D. バーナル(1966)『歴史における科学:決定版』鎮目恭夫、みすず書房を買いました。800円だったのでまあいいかと思います。これから読んでみようと思います。

実は本当の目的は、先々週小宮山書店で見かけた講談社版内田百閒全集10冊揃いの8千円を買いに行ったのですが、見事になくなっていました。福武版をコツコツ集めるか、また出てくるのを待つか。 こういうのは見かけたら有無を言わさず買うべきですね。前にも白川静で懲りているのに・・・・。

隷属への道(ハイエク)一気読み

昨日は風邪ひきで昼間寝ていたのがたたって、夜は眠れない。眠れないので眠るために読もうと思って読みだすと、面白くて一気に読んでしまったのが、Hayek, F., A. (1943) The Road to Serfdom. Chicago: University of Chicago Press. 邦訳 F・A・ハイエク(2008)『隷属への道』西山千明、春秋社である。寝るための睡眠薬だったのですが、一種の覚せい剤でした。

これを読むと、今の民主党の議論が未熟なこと、またアメリカの中間選挙でなぜTea Partyがアメリカであれだけの支持を得ることができるのか、はたまた会社での経費賦課の不毛な論争にも、この本が与えてくれるロバストな視点は非常に有用である。

集産主義として代表される共産主義やファシズムに対する徹底的な批判と同時に、「法の支配」による権力の集中の防止と分散により、個人が競争を通じて努力する。人間は自分の利益になることにしか最善の努力をしないので、「適正な誘因」が必要である。そのためには自由でなければならないのである。ハイエクはこうも言う:「経済的自由は、ほかのどんな自由にも先立つ前提条件であるが、社会主義者が約束するような「経済的心配からの自由」とは全く異なっている。後者の自由とは、個人を欠乏から遠ざけると同時に選択の権利からも遠ざけることによって初めて獲得しうるものである。そうでなく、経済自由とは、経済活動の自由でなければならない。もちろんそれは、選択の権利をもたらすとともに、それに伴う危険や損失、そしして責任を個人に課してくるのだが」と。これにしびれます。そして、経済的問題の解決には富の増大しかないことを説くのである。

ここで、たとえば派遣労働者の問題を考えてみたい。製造業への派遣労働禁止と派遣労働者の正社員化を図ろうと政府が派遣法を改正しようとしているのは承知のとおりである。さらに、契約社員まで正社員化しようとしているのである。この議論は、正社員を善、そのほかを悪とする単純な二元論から成り立っている。ところが、正社員の解雇制限をそのままにしてこれを強力に推し進めると何が起こるかは明白である。正社員の低賃金化とイノベーションの低下、ひいては国力の低下を招くと考える。本来の道は、正社員の過度な解雇制限を緩和すると同時に、個人の競争を徹底させる「機会の平等」を法によって担保すればよいのである。

たとえば、現在の労働法制や判例からは、仕事ができない人間を解雇するのはほぼ不可能であるだけでなく、賃下げさえ「不利益変更の禁止」理論でほぼ不可能である。企業は膨大なコストをかけてそういう労働者を雇用し続ける必要があるのである。派遣労働の禁止を主張する人々は、こういう正社員の優越的地位を労働者全体に及ぼしたいと主張する。しかし、この優越的地位自体が問題である。会社にとって必要のない人間を雇い続けることを強制されることによる経済的損失が問題である。有能も無能もいっしょくたなのである。経済的自由を経済活動の自由と責任であるとすると、雇用される側は競争を通じて最善の努力をしなければならない。最善の努力は適正な誘因によって動機づけられていなければならない。努力する・しないは、その当人の「自由」なのである。

厳しい言い方をするが、就職氷河期でも就職できる学生は多い。それではなぜ就職できない学生がでてくるのか。企業が求めるポテンシャルを持っていないからである。事実はシンプルである。別の角度から言うと、企業によって求めるポテンシャルの質は異なり、違うタイプの企業を回ると就職できたりする。しかし、何かに打ち込んだ経験や、それがなければひたむきな努力なしに就職できるはずもないのである。学生が学生の本分を果たさなければ就職できないのは当たり前である。大学名で差別するな、個人を見てほしい、とよく言うが、それなら一流大学に入る努力を否定してもよいのか。努力するもしないも「個人の自由」である。それをさせるもさせないも「親の自由」である。この時期でも就職できないと嘆く学生がいる。能力を見てもらえないと嘆く前に、自分の能力と直面して、何が足りないか、何をしないといけないのか見つめなおしてほしい。こういう就活生には、下手な就活本など読まずに、日本の選抜制度の研究の金字塔、竹内洋(1995)『日本のメリトクラシー:構造と心性』東京大学出版会の一読をお勧めします。これを読めば80年代からの日本の受験・就職・出世の理論的理解と構造が理解できると思います。リンクをWEBCATにしておきました。文科系の学校でまともな大学図書館には所蔵されているはずです。

高名な大学教授の方から学生を見てほしいとお願いされることがよくあります。ほぼダメです。なぜか。よく自己分析というが、そんなことはどうでもいい。うまくいかない人の共通点は、企業がどんな人間を求めているかの核心を勉強しようとしないこと。自分に何ができるか・何ができないかよりも、企業が求めている人間像をつかめない。確かに高名な大学教授の方のゼミに所属しているので勉強もよくできるし積極性も感じる。しかし何かが足りない。共通しているのは、「就職活動も競争」ということを理解せずに、自分の優位性だけで勝負しようとしている。

最後は全く違うところに議論が行ってしまった。お許しあれ。ぜひ一読をお勧めします。

目次

1994年版序文 ミルトン・フリードマン
序章
第1章 見捨てられた道
第2章 偉大なユートピア
第3章 個人主義と集産主義
第4章 計画の「不可避性」
第5章 計画化と民主主義
第6章 計画化と「法の支配」
第7章 経済統制と全体主義
第8章 誰が、誰を?
第9章 保障と自由
第10章 なぜ最悪の者が指導者となるのか
第11章 真実の終わり
第12章 ナチズムの基礎としての社会主義
第13章 我々の中の全体主義者
第14章 物質的条件と道徳的理想
第15章 国際秩序の今後の展望
結び
原注・参考文献
初版まえがき
1976年版へのまえがき
訳者あとがきにかえて

2010年10月30日土曜日

酒肴酒(吉田)久々に・・・

風邪引きもあって、今日は台風で外にも行けず、軽い本を探していたところ、吉田健一(2006)『酒肴酒』光文社がありました。吉田健一といえば吉田茂の息子。吉田茂といえば、親父の遺産をついで大金持ち。東京帝大法学部から外交官試験合格、同期はA級戦犯の廣田弘毅であるのはあまり知られていない。奥さんは牧野伸顕の娘。外交官としては中国を振り出しに当時大使としては最高峰だった駐英大使まで上り詰める。その後戦後まで要職に就かなかったのが吉田茂の幸運であったのはいうまでもなく、同期の廣田は首相を務めたことで絞首台の露と消えたのである。

さて、主役の吉田健一である。東京生まれだが、青島、パリ、ロンドン、天津と父とともに転任し、東京の戻った後ケンブリッジのキングスカレッジに留学したという、Establishmentである。戦前の日本にこういう経験をした人間はいない。たとえば、イケムで牡蠣を喰うような経験ができる日本人がいまでもいるだろうか。この組み合わせが最悪なのはよくわかるが、こんなことを書かれても普通は分からない。私はたまたまイケムを飲む体験ができた。とあるイギリスの名門企業の本社(この会社は数度のM&Aで跡形もなくなってしまった。ビルではなく、イギリス流のレンガ造りの素晴らしい建物でした)で昼食になり、そこのDiningでフルコースのランチョンになったときのデザートに出てきたイケム。ちなみにその時出た白は覚えていないが、赤は1977のCh. Margaux、ポートは1963のTaylor。D'Yquemも77だったと記憶する。私が今まで経験した最高の洋食がこれ。今後もこれ以上の食事をすることはないと思う。そして、戦前に現地でこの体験ができたのはそうそういないと思うのである。


自慢話になってしまったが、閑話休題、この本にはいまやない店のことも多く書いてあるが、たとえば、神戸のフロインドリーブドンナロイア別館牡丹園、それと私が好きなハイウエイ(トアロードにあったが移転した。移転前のほうがよかった)、あと凝ったところではハナワグリルなんかも出てきます。この本のよさは、本当にそこで食べている感じが出てくるところ。今やなき酒田の相馬屋の一夜の献立と酒の記述を読むだけで、「うまかったんやろな」と思えるのがすごいところ。文庫で安いので、一度読まれてみてはと思います。

目次
Ⅰ 舌鼓ところどころ
食べものあれこれ
舌鼓ところどころ
Ⅱ 酒肴酒
酒の話
解説 坂崎重盛

チャーチル(河合)久々に読みました

高校生のころに読んだ本で、数少ない生き残り本が河合秀和(1979)『チャーチル:イギリス現代史と一人の人物』中央公論社です。大阪の家に帰って本棚をあさっていたら、これが出てきてつい読みふけってしまい、東京に戻る際に持ってきて新幹線の中でも読んでいました。奥付をみたら初版本でしたので、本当に長く残っているな、と感じます。なぜこんな本を高校のころに読んでいたのか全く意味不明。しかし、今読んでみると面白い。

イギリスの下院の議場が第二次世界大戦で被災して、まったく同じように再建させたのがチャーチルと言われている。ロンドンの駐在しているころに早朝から並んでQuestion Timeの傍聴をしたことがある。一度目は何気なしに行ったら入れず、二回目は気合いを入れて早朝から並んで傍聴。これが思ったより小さい。当時はMargaret ThatcherとNeil Kinnockの戦いでしたが、これが日本の党首討論とは比べ物にならない。チャーチルがこの本で言うように、「会話のスタイル」で議論が進む。野次の応酬もすごいし、とにかく埋め尽くされた議員と傍聴人。日本とは歴史が違います。貴族院のほうが豪華ですが、雰囲気は下院のほうが断然いい。イギリスに滞在される方で機会があればぜひ一度行かれることをお勧めします。貴族院ならそれほど並ばなくても入れるはずです(私も別の機会に行きました)。

チャーチルは、イギリスを代表する貴族の生まれで、ハーロー校に進んでいます。イギリスの上流階級製造学校ですな。普通ならここを出ればOxbridgeと言われるオックスフォードかケンブリッジに進むのでしょうが、サンドハースト陸軍士官学校に進んでいます。しかも浪人して。騎兵なので馬の費用も自弁するわけですから、まあ貴族なわけです。アメリカ人ならCelebrityとでもいうのでしょうが、こういう人をEstablishmentと言います。なり上がりではなく、日本には数少なくなった身分ですな。

キューバ、インド、南アフリカと勤務して父と同じ政治家の道を歩むわけです。日本でも二世議員が多く、玉石混交ですが、チャーチルなら立派な玉でしょう。1899年に保守党候補として落選、翌年に選挙区を変えて25歳の時に政治家としてデビューする。その後89歳で辞任するまで何度かの落選を経ていますが長い長い議員活動を行っているのである。しかも保守党と自由党(当時は労働党ではない)を2度も行き来し、政治家として生き延びていく。チャーチルの歴史を見ていると、今の民主党議員があまりにも小粒である。

チャーチルは25歳で初当選し、その5年後に自由党に移籍(これはイギリスでは自民党から民主党に移る以上の意味を持つ)、翌年植民次官、そして商務長官、35歳で内務大臣(日本で言う総務大臣=昔の日本の内務大臣ですから要職)、翌年海軍大臣に就任、作戦失敗で罷免され、軍需大臣、陸軍大臣、植民大臣、そして総選挙と補欠選挙で2度落選、保守党に鞍替えして当選し、すぐに大蔵大臣就任。内閣交代で大蔵大臣を辞任してから10年は大臣から干されて、第二次世界大戦開戦直後の1939年に海軍大臣として復帰、翌年念願の首相に上り詰める。日本が降伏する前の月、1945年7月に労働党政権が誕生し首相の座を降りる。1951年の総選挙で保守が第一党となり、76歳でふたたび首相になり、80歳になるまで首相だった。85歳で最後の総選挙を戦っている。76歳で首相になったのちは「老害」だったような気はするが、この政治への執念は、中曽根元首相に似たものを感じますね。

それと、イギリスの政治プロセスが非常に微妙なバランスをうまく制御できることが理解でき、今の民主党の政治家にこの本を読んでほしいと思うのである。議会では、「会話」が重んじられ、それが金鉄の重みを持つ。ロイドジョージ、チェンバレンといった大政治家がどのように議会と付き合い、その時々の問題に議会を通じてどのように解決しようとしたのか。今でも引きずるアルスターの問題や、イギリスを特徴づける社会保障といった問題にチャーチルはどのように対峙したのか。そして政治にマスコミはどのように影響を及ぼしているのか。

この本を読んで、今日の事業仕訳のテレビ報道を見ると、政治家の発言があまりにも軽いのに失望を覚えるのである。廃止だなんだといいながら、本当に廃止する気はないのである。同じ民主党の大臣・副大臣は制度を維持させようとし、事業仕訳で「廃止」と叫ぶ議員。茶番である。パフォーマンスの何物でもない。長妻元厚生労働大臣が仕訳に参加していた。自分が進めた事業が仕訳にかかっている。ミスター年金か何か知らないが、厚生労働大臣になって何が変わったのか。何をしたのか。何もしていない。評論家でしかない彼は万死に値する。日本の政治家を信頼できないのは、この軽さである。小沢のメンタリティも結局同じである。

言ったことを確実に実行する、実行できないことは言わない。これである。分からないことは調べる。不確実な憶測で物事を語らない。これに尽きる。

目次

序章 この時、この試練
第1章 樫の大樹
第2章 剣とペン
第3章 政治家修行
第4章 人民の権利
第5章 世界の危機
第6章 再び保守党へ
第7章 荒野の十年
第8章 もっとも輝けるとき
終章 勝利と悲劇
あとがき
年表

2010年10月19日火曜日

東京の住まい

東京の仮の住まい(と言いたい!)は日本橋人形町です。元々の希望は恵比寿・中目黒から学芸大学界隈でしたが高いし狭いでギブアップ。六本木はあまりにも高いだろうから、そのあたりのエリアにして アカデミーヒルズに毎日入り浸る生活を夢見ていて、ひそかにそのあたりを狙っていましたが、あまりの現実のひどさにあきらめました。 次は品川界隈。これは空港と新幹線のアクセス重視。何軒か見ましたが、日本橋に何代もお住まいという会社の先輩から、「seatakuちゃん、人形町界隈がいいよ。うちの実家もそうだけど、あのあたりいいお店も多いし、東京だったら食事もお酒も安いほうだし。焼け残りで本当の下町ってのはあのあたりだよ」なんて言われて、東京生まれの先輩はしきりに勧めてくる。同期ぐらいの単身赴任者は、「seataku、やっぱ門仲がええで。飯屋安いしひと駅行ったら打ちっぱなしもあるし」などという。結局不動産屋に何軒も用意させてみて、決めたのが人形町でした。適度な猥雑さと適度な静けさ。確かに名店と言われるお店もあるし、かといってそれほど高くないいいお店も多い。私の実家(堂島、十三、その後服部)や嫁はんの実家(京橋=大阪の)よりも格段にレベルが高い。そこで、人形町に住むことにしました。水天宮に近いほうなので、雰囲気・風情ともに非常にいい感じです。そこで片付けです。

雨降りのある土曜日。JALのポイントでためたWAONがあったので、ジャスコ・イオンに行きたかったが、近所にない。一番近いのがジャスコ南砂店だが、自転車で40分はかかる。雨の晴れ間が1時間ぐらい続いたので、意を決して自転車でジャスコへいく。清洲橋を渡って葛西橋通りまで出てひたすら自転車を東にこぐ。すると持っていた天気が木場公園のあたりで強烈な雨。雨宿りしたけど一向に弱くならず、満を持して家まで強い雨脚のなか戻る。帰り着くと当然のことながらずぶぬれ。その後、電車でいけるイケアまで行って、必要な棚板などを購入。

イケアに行くと、poelse med broed (読み方はペルセ・メ・ブロー、直訳はsausage with bread。oeはoに縦棒です)、いわゆるホットドッグが食べられる。とにかくいつでもペルセが喰いたいぐらい大好きです。ノルウェーだとどこのガソリンスタンドとか空港でも食べられます。スカンジナビア各国にそれぞれのペルセ文化があって、ノルウェーのはもっと太くてぐるぐる回るペルセ焼き(griller poelse)で回っています。しかし日本で本式ペルセが食べられるのはイケアだけです。それでもアイスランドでよくみられるpylsur(発音はピルシュル)の「ゆで」バージョンに近いですが、これがペルセに飢えた自分としてはうまい。1本目はケチャップとマスタードだけでシンプルに。2本目はこれにレリッシュを載せて。3本目はカリカリオニオンを加えたフルコースで。4本目はシンプルに何もつけずに。1本100円ですから、行くと5つぐらい食べてしまいます。私の知る限り、一番うまいペルセは、ノルウェーの寒村、モロイ(Maaloey、 aaはaの上に○、oeはoに縦棒)の港にあるペルセ屋で、さまざまなチョイスの中から選んで食べる。こんなマイナーなことを言っても仕方ない。ここのペルセには比べることはできないが、それでもうまい。

オリバー・ウィリアムソン教授(UCバークレー)@神戸大

この10月17日(日)、オリバー・E・ウィリアムソン教授講演会に行ってまいりました。
このために大阪と名古屋で仕事を作り、晴れてノーベル賞受賞者の講演を聞く栄誉に預かりました。
今回は神戸大学社会科学系の同窓会である凌霜会のメルマガで知って、速攻で応募しました。

単純に「自分が引用している理論を作った先生を見てみたい」という純粋な好奇心に加えて、今回のテーマだった「学際的であれ(be interdisciplinary)」にも興味がありました。ウィリアムソン先生ご自身が学部はMITでEngineering、その後StanfordでMBA、そこでアロー教授と出会って経済学へとすすまれており、神戸MBAに来る人々もまさに「学際的」だからです。私自身学部は法律で、経営学とは縁がない学問をやって、20数年たって学校に戻ったわけで、そういう仲間が数多くいることで、それぞれが異なる視点を持っていること、また異なるアプローチで研究を進めることを神戸MBAで学ぶ。そういう意味では、学部よりも数段学びが深いと感じる。

ウィリアムソン先生がおっしゃっていたのが、「Teaching is Learning」でした。最初のほうにArrow教授の話で出てくるのですが、まさにその通りと感じる。取引費用論自体は、非常に骨太な理論で、ぜひ読んで研究してほしいと思いますが、その中で「摩擦(Friction)」というたとえがよく出てきます。たとえば市場の失敗と政府の失敗の間に「abrasion(擦り傷)」が出てきて、これがなぜか全く理解できなかったのですが、今回先生のバックグラウンドを知ってやっとたとえの理解ができた。

また久々に難解な先生の本を読んでみようか・・・・。

2010年10月9日土曜日

ようやく片付けが完了しつつある

10月1日に赴任して、ようやく部屋が片付きつつあります。
今週冷蔵庫が到着し、カーテンも来たので、ようやく部屋らしくなってきました。この3連休で片付けを済ませてしまおう、といっても雨。移動手段が徒歩と自転車なので、雨が降ると困り果てる。今日はスーパーに行くのに遠出の予定だったのですが・・・・・。

2010年10月5日火曜日

日経電子版

単身赴任になって面倒なのは日経新聞を買うことと気付いた。

今までは宅配にしていて、出張中でも宅配され、自宅で取ってあるので帰宅後じっくり読めたり、出張の時は普通に購入していた。しかし、単身赴任で土日を一人で過ごして、新聞が来ないことに気づく。平日に新聞を購入するのも面倒なことも分かった。また、日経は夕刊にいい記事が掲載されていることも多いので、夕刊を読むことも必要。そんな私の解決法は、電子版でした。

今日、たまたまコンビニで日経を買うのを忘れた。会社に到着して改めてコンビニに買いに行くのも面倒。そこでインターネットのニュースを見ていて気がついた。日経電子版の有料購読は果たして使えるのか。日経に8月に無料登録していたのだが、ほとんど見ることがなかった。1ヶ月分なら4,000円なので被害は少ないし、とりあえず有料購読を1カ月やるつもりで有料登録してみてみた。

これが意外と使える。紙面ビューであれば紙面感覚で見ることができる。紙面感覚でざっとブラウズすることが重要で、何が書いてあったかが話題になるので、そういう読み方ができるところはよい。詳しく必要な記事は詳しくWEBで読めばいいし、気に入ってしまった。それで、せこいかもしれないが、日経の記事は朝一番に必要なので、どうしても紙で読みたければ午後になれば大量の日経新聞がリサイクルボックスに入っている。しかも、夕刊もWEBならちゃんと読めるので非常に良い。

2010年10月4日月曜日

アーロンチェアライト

アーロンチェアライト、到着して使っています。

168cm、64kgという体格です。買う前に淀屋橋の大塚家具で試座したときにBサイズではちょっと広い感じがしたので、椅子の上に胡坐をかくわけではないので、Aサイズにしました。前傾姿勢が省略されアームが固定式ですが、それはそれで問題ない感じです。前の椅子はロンドン時代にイケアで買ったもので、今でも自宅に置いてあります。これに比べれば9万円の椅子は当然よいのは当たり前です。それではコストパフォーマンスはどうなのか。

コストパフォーマンスは何年も使わないとわからないと思うが、使い始めたいま分かっていることは:
(1) 座面が固いがフィットする
座った時にメッシュが全体で支えるので、フィット感がよい。あとほんの少し柔らかければ完璧。使い始めなので、使ってこなれてくればもう少し柔らかくなると思う。
(2) 微調整
前傾とアーム調整機能は省略されている。アームはもう少し高ければと思うが許容範囲。前傾はあればと思うが、ポスチャフィットのおかげで深く座って作業できるので、いまのところはそれほど必要性を感じていない。いままでは深く腰掛けてパソコンを打ち込むなんて考えもしなかった。どちらかというと、椅子の前半分に座って作業をしている感じだが、アーロンチェアライトでは、ポスチャフィットで調整すると深く座って作業をすることができる。今までよりも姿勢がよくなった分、疲れにくくなっていると思う。Aサイズでタイト感があることもよいのだと思う。
(3)作り
さすがに非常にしっかりしている。いままでの安物の椅子はガタガタしていたが、びくともしない。これだけでも疲れが少なくなる。椅子の作りが疲労に関してこれほど重要に作用しているということがよくわかる。
(4)フレームが固い
座面のフレーム、特にひざの裏のフレームが固く感じる。若干離れているのであまり感じないが、Bサイズだと完全にあたってしまってよくなかったと思う。絶対に試座して決めなければならないと思う(ハーマンミラーのサイズ表にこだわらず、Aサイズにして正解でした)。

2010年10月3日日曜日

ハーバード白熱教室 in Japan

またもや登場です。

今日10月3日18時からハーバード白熱教室 in Japan をやっていました。9月26日のETVでもやっていましたが、イチローとオバマ大統領の年俸の違いの話など、基本的には本編を敷衍した構成でした。NHKオンデマンドで買えますから、まだ見ていない人は、ぜひ見てください。日本人でもきちんと議論できる、日本人でもきちんと考えている。といっても応募者がこういう議論好きなのはあるだろう。

これを見ると、東大安田講堂というセッティングが抜群で、ハーバードと同じような雰囲気を出しているのに気づく。そしてサンデル教授の進行のうまさ。私が教わった神戸大の三品先生や松尾(博)先生もこういう雰囲気をお持ちだ。学生との議論とそのインタラクションを重要視しているのだと思う。研修講師をよく引き受けていたが、こうはいかない。